15. オール・インクルーシブ・ホテル

ここシカゴでは、厳しい冬がやって来ると太陽を求めて南の島へ飛び立つ人が後をたちません。日本でいう沖縄や奄美大島みたいなところが、アメリカではディズニーワールドのあるフロリダ州オーランドやマイアミ、もう少し南に足を伸ばしてバハマやジャマイカ、カンクン、プエルト・リコといったカリブ海の島々。特に今年のアメリカはどこも記録的な寒さで、1週間でもいいから避寒しなくちゃやってられない

という人達でホテルはどこもパンク状態とか。そんなわけで私達夫婦も、5日間のバハマ旅行に行って来ました。

ところで、主にカリブ海のホテルで取り入れられている「オール・インクルーシブ」というシステムをご存知でしょうか? すべて含まれているという意味で、空港への送迎に始まり、レストランでの食事(もちろんアルコールも軽食も)、バーでの飲み物、ナイトショー、ホテルのサービス料や税金、メイドやウェイトレスへのチップまでもがあらかじめ料金の中に組み込まれている。つまりお財布なしでリゾートできちゃうというシステムなのです。しかも、たいがいのホテルにはプライベートビーチや屋外プールがあってマリンスポーツも充実。ナイトクラブやゲーム施設、フィットネス施設、ショップも揃えているから、ホテルから出る必要がない。中でもジャマイカのホテルのサービスぶりは有名で、食事は豪華、エステやヘアカットまで含まれてるところもあって、100%リゾートライフが楽しめるとか。ただ、旅先でお金のことを気にしなくてもいい分、事前に払う料金は当然高い! 三泊で1人1000ドルなんてざら。これをどうみるかは、その人の価値観によるということでしょうか。

果たして、私達が選んだのもオール・インクルーシブ・システム。せっかくの旅行を満喫したいという思いと、最近このシステムについて良くないうわさを耳にするので、それは本当かこの目で確かめてみたいという好奇心もありました。うわさというのは、このシステムには限界があるということ。客は大金を払ってるからといつも以上のサービスを期待する。だからちょっとでも従業員の態度が悪かったり食事が口に合わないとすぐ怒り出す。一方従業員の方は、どんなにサービスに努めようがチップ額は変わらないと思うと、手抜きがしたくなる。どちらの側の心理も人間として当然のことなので、共存していくのは難しいというのです。これは本当でしょうか?

さて当日。事前に送られてきたチケットを手にバハマ・ナッソー国際空港に着くと、すでにバスがお出迎え。といっても、バスの乗り場は私達のような旅行者でアリのような人だかりで、そのうち声をかけてきた係員らしき人に送迎チケットを渡し言われるままに列に並んでいたら、あれよあれよと言う間にホテルに到着していました。ホテルは、旅行会社がいうところの中の上。ビーチに面していて明るく、ロビーは広くてきれいでなかなかいい感じ。フロント係も親切で、各々手首に紫色のリングを付けてくれ、これがオール・インクルーシブのサインとの説明がありました。荷物を部屋に置いて、次はホテルの見学。小さいけどプライベートビーチと屋外プール、その隣りにはバーがあって、ココナッツジュース片手にリクライニングチェアでのんびりという、いかにもリゾートしてる人がいるかと思えば、ロビーのバーではダイキリを飲みながらテレビの野球観戦に夢中になってる人もいる。その他レストランが2つあって、見た感じこちらもいい雰囲気です。

が、夕食を食べようとレストランに入った頃から、なんだか雲行きが怪しくなってきました。2つあるレストランのうちちょっと高級そうな方に入ろうとしたら、1人につき25ドルを越えたら越えた分は自分持ちだというのです。これじゃオール・インクルーシブじゃない! 小心者の私は日本語で文句を言った後、仕方なく隣りのレストランに入ってみたらまたビックリ。料理はすべてブフェ、バイキング形式で、ファミリーレストランのランチにありがちなサラダバー、スパゲッティ、スペアリブ、野菜炒め、それにケーキとアイスクリームバーというありきたりなものばかり。ここまできてこれはないだろうと、個別オーダーを取ろうとしたら、私達のプランではできないとのこと。「コース料理頼もうよ。一番高いフィレステーキ食べちゃおうかなぁ」などとわくわくしていた私達はあまりの差に愕然としてしまいました。結局滞在中は毎日三食ブフェ。外に食べに行こうとも思ったのですが、片やタダと思うとなんだかもったいなくなってしまったのです。

ところでサービスの方はというと、悲しいかなうわさ通り。レストランでは、いつもならチップ欲しさにスペシャルスマイルで次のオーダーや料理の具合を聞きに何度も往復するのに、今回は催促しない限り一回もこない。オーダーしても来るのが遅い。もう一本フォークが欲しいと言ったら「なぜ?」と聞き返す。従業員は大声でおしゃべりする。メイドが前の日の石けんやシャンプーを替えてくれない。水漏れがしてると催促してもなかなか来てくれない。その他、このホテルにはナイトクラブやクルージング、マリンスポーツなどのサービスはなく、すべて有料で外部に委託していることもわかりました。

こんなわけで結局、私達のオール・インクルーシブ初体験は、イメージとは違うという印象を焼きつけたまま終わってしまいました。リーズナブルかどうか、つまりホテル代に似合ったサービスだったかと聞かれるときっと首を傾げ、今度バハマに行くなら普通のホテルに泊まるだろうと答えるでしょう。もちろん、たまたま私達が泊まったホテルがそうだったのかもしれないし、もっとお金をかければかけるだけの満足が得られるんでしょうけど。それにしても、チップというシステムがこれほど影響力のあるものとは思いませんでした。チップの習慣のない日本人にとっては、めんどくさいものの代名詞のようにとらわれがちで、やめてしまえばいいのにとか、チップ込みで請求してくれればいいのになどと思いがちです。が、もしそうなったら今回私達が体験したようなことになるのは目に見えています。習慣というものは急に変えるべきではない。これ、旅行に行って思った一番の感想です。

2001年4月