はるかなトルコに思いをはせる
ジェイソン・グッドウィン『イスタンブールの群狼』『イスタンブールの毒蛇』

イスタンブールの群狼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)イスタンブールの毒蛇 (ハヤカワ・ミステリ文庫) トルコと聞けば、庄野真代のヒット曲『飛んでイスタンブール』に梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』、はたまた『ライオンと魔女』に出てくる謎に満ちたお菓子ターキッシュディライトに伸びるトルコアイスと、ばらばらなイメージしか思い浮かばないが、実は日本とは縁が深く、親日的な国でもあることはあまり知られていない。ジェイソン・グッドウィンの作品、『イスタンブールの毒蛇』は、ちょっと気になる国、トルコを舞台とする物語である。

 19世紀半ばのオスマントルコ。英明な君主として知られたマフムト2世が病床に伏し、帝都イスタンブールには不穏な空気が漂っていた。宮廷への出入りも許されていながら市井に暮らす宦官ヤシムの友人である八百屋が何者かに襲われ、重傷を負った。同じころ、旧知のポーランド大使パレフスキーの紹介で知り合ったフランス人考古学者ルフェーブルが、助けを求めてヤシムの家を訪れた。ヤシムは帰国船の手配をし、出航するルフェーブルを見送るが、翌々日、ルフェーブルは惨殺体となって発見される。一方で、パレフスキー家に居候していた水売り人ザニが姿を消す。一連の事件には関連があるのか。

 この物語で、イスタンブールは蛇になぞらえられている。グランド・バザールに代表される繁栄したこの帝都は、地下に水道網を備える都市でもあった。帝都を潤す水が滞りなく流れる広大な地下都市、それはまるで、地下にうごめく蛇ともいえる。

 トルコ人のみならず、ギリシア人、アルバニア人、コーカサス人など、東西文化の合流地点であるイスタンブールにはさまざまな民族が混住し、さまざまな文化と宗教が共存する。ボスポラス海峡を眺め、古代石柱に思いをはせ、グランド・バザールの賑わいに心ときめかせる。

 オスマントルコでは、宦官は傳人(ラーラ)と呼ばれ、尊敬される存在だった。スルタンやその母后(ヴァリデ)に深く信頼されているヤシムは、宮廷や後宮への出入りが許されている。市井の人でもあるヤシムは、その人脈を活かし、帝都を縦横無尽に駆け回って謎を解明しようとする。

 宦官といえども、女性に心惹かれることもある。さらに、ヤシムは料理好きでもあり、バザールのなじみの店で食材を求めては、ささやかな自室で調理し、毎週、友人を招いて夕食会を催すほどの腕前である。

 異国情緒にあふれ、当時の国際情勢もうかがえるこの作品は、華やかで権謀術策渦巻く王宮のみならず、市井の人々の生活をも活写している。派手な立ち回りもあれば、ちょっとしたロマンスもあり、さらにはトルコ料理のレシピまであるとなれば、これは読むしかないだろう。

 1826年に廃止された精鋭部隊イェニチェリの残影を描いたシリーズ第1作『イスタンブールの群狼』はエドガー賞最優秀長篇賞を受賞し、既に第3作も上梓されている。楽しみなシリーズである。

『イスタンブールの群狼』『イスタンブールの毒蛇』ジェイソン・グッドウィン 和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

(2010年8月)