愛と倫理を語る女性哲学者が謎を解く
アレグザンダー・マコール・スミス『日曜哲学クラブ』

日曜哲学クラブ (創元推理文庫) 今回は『日曜哲学クラブ』をご紹介する。ボツワナの探偵マ・ラモツエの事件簿でおなじみのアレグザンダー・マコール・スミスがスコットランドのエディンバラを舞台に描くイザベル・シリーズ第1作である。こちらの主人公は、離婚経験のある40代前半の女性哲学者イザベル・ダルハウジー。〈応用倫理学レビュー〉の編集長であり、日曜哲学クラブの主宰者である。といっても、クラブはまだ1度も開催されたことがない。イザベルは近いうちに会合を開きたいと思っているが、メンバーにしてみれば、姪のキャットの言うように「休みの日になにかをする気になれない」のが悩みの種だ。

両親を亡くし、エディンバラに遺された家で、イザベルはひとりで暮らしている。父の代から働いてくれている家政婦グレースは、信心深くて保守的な典型的エディンバラっ子だ。イザベルにとってグレースは古い価値観の権化ともいえる存在だが、哲学者たるイザベルは、自分と異なる価値観を興味深く感じている。

姪のキャットは、にぎやかなショッピング街でデリカテッセンを経営している。仕事の合い間にコーヒーを飲んでおしゃべりするのが、イザベルにとってもキャットにとってもなによりの楽しみだ。

ある晩、コンサートを聞きに行ったイザベルは、天井桟敷から若い男が落下するのを見た。病院に運ばれたとき、男は既に息絶えていた。自分が男の目に映った最後の人間かもしれない。哲学者として倫理を重んじてきたイザベルは目撃者としての責任を強く感じ、これまで培ってきた哲学的思考を駆使して、男の死の真相を探ろうとする。

イザベルの毎日は、それなりに忙しい。朝の日課は、コーヒーを飲みながらクロスワードを解くこと。そして〈応用倫理学レビュー〉の編集がある。送られてきた論文が掲載に値するかどうか、じっくり検討しなければならない。キャットの交際相手のことも気になる。そこに、落下事件の調査まで加わるのだから、ぼんやりしている暇などない。

哲学者イザベルは、愛について倫理について常に思考をめぐらしている。その思考はときとして脱線していくかに思えるものの、回り道を繰り返しながらもけっこうしぶとく、小さな手がかりを大事にしながら、イザベルは少しずつ真相に近づいていく。イザベルが最後に下した結論は、読者に「自分ならどうするか」と問いかけてくる。

〈No.1レディース探偵社シリーズ〉と同じく、本作は、ひょうひょうとした味わいのなかに人生の苦さと温かさを感じさせてくれる。エディンバラというと陰鬱で重苦しい印象があるが、ここで描かれるエディンバラは、歴史の重みを感じさせながらも、どこかまったりした雰囲気が漂っている。ボツワナでマ・ラモツエとルイボスティーを飲んでみたいと思ったみたいに、エディンバラでイザベルと熱いコーヒーを飲みながらおしゃべりしてみたくなる。

本シリーズは、本国では既に5作発表されており、次作が続いて邦訳出版される予定である。8月には〈No.1レディーズ探偵社シリーズ〉第4作『新参探偵、ボツワナを騒がす』も邦訳出版されている。この秋、好きな飲み物をおともに、マコール・スミスが世に送り出したヒロインたちとゆっくり過ごしてみてはいかがだろう。

『日曜哲学クラブ』アレグザンダー・マコール・スミス 柳沢由実子訳 創元推理文庫

(2009年9月)