スローカム閣下、事件です! 〜ユーモアと謎解きを楽しめる傑作〜
パーシヴァル・ワイルド『検死審問〜インクエスト〜』『検死審問ふたたび』

検死審問―インクエスト (創元推理文庫)検死審問ふたたび (創元推理文庫)  江戸川乱歩に高く評価されながらも長く幻の書とされていた作品、『検死審問〜インクエスト〜』『検死審問ふたたび』をご紹介する。

 パーシヴァル・ワイルドは、一幕物の喜劇を得意とする劇作家であり、ミステリも何作か書いている。なかでも1940年に出版された"INQUEST"の評価は高く、日本でも1950年代に『検屍裁判〜インクエスト〜』という邦題で3社から翻訳出版されたものの、長く入手困難となっていた。2008年、越前敏弥氏の新訳で邦題も新たに『検死審問〜インクエスト〜』となって刊行され、2009年3月、その続編が『検死審問ふたたび』という題名で本邦初訳された。

 検死審問とは法的に死因を確定させるための手続きで、検死官が陪審員を招集して審問を行うものである。日本にはない制度なので、訳語も定まっていない。

 作品の舞台となるのは、コネチカット州の小村トーントン。町の名士ともいえる検死官リー・スローカムが検死審問を行うために陪審員を招集した。スローカムの娘フィリスが、公判の記録を速記で書き留めていく。陪審員の日当は死体1体につき3ドル、検死官には証言1ページごとに25セント、速記者にはその半額が支給される。

 この2つの作品は検死審問の公判記録で構成されているので法廷ミステリといってもよいはずだが、そのつもりで読むと肩すかしを食らう。芝刈り人の処世訓やキノコへのあふれる愛情など、事件とはまるで関係なさそうなおしゃべりが延々と続くのだ。

 脱線続きの公判にどうなることかと案じつつも、最後はみごと、落ち着くべきところに落ち着く。そのときになって初めて、たわいのないおしゃべりやちょっとした記述のなかに、たくみに伏線が引かれていたことに気づく。そして、快い驚きを感じると同時に、見落としていたことを確かめたくて、また最初から読み返したくなる。肩の力の抜けた飄逸さと本格的な謎解きの楽しさを満喫させてくれる作品である。

 長いときを経てようやく邦訳された傑作を、ぜひともご堪能いただきたい。

『検死審問〜インクエスト〜』『検死審問ふたたび』パーシヴァル・ワイルド 越前敏弥訳 創元推理文庫

(2009年5月)