巨匠が描き出す光と影
現代短篇の名手たち7 ローレンス・ブロック『やさしい小さな手』

現代短篇の名手たち7 やさしい小さな手(ハヤカワ・ミステリ文庫)  海外ミステリの読者で、ローレンス・ブロックを知らない人はいないだろう。マット・スカダー、泥棒バーニー、快盗タナーに殺し屋ケラー。短篇であれ長編であれ、どれをとってもはずれがない。まさに巨匠の名にふさわしい作家である。

 今回とりあげるのは、昨年末に出された短篇集『やさしい小さな手』である。〈現代短篇の名手たち〉は、ルヘイン、イアン・ランキン、ウェストレイク、ランズデール、マイクル・Z・リューイン、ローラ・リップマン、そして1月配本のエドワード・D・ホックと第一人者の作品をとりそろえ、本書はその7巻めである。巨匠ブロックは現代アメリカの街と人の匂いを強烈にたちのぼらせ、光と影を鮮やかに描き出す。

 まずはスポーツ。お祭り騒ぎと見まごうにぎやかさのなか、さまざまなドラマが展開される。野球、テニス、ゴルフ、バスケットボール、ボクシング、ビリヤード。そして、カードゲーム。情欲について、軍人、医者、司祭、警察官といった四人の男が語り、暖炉のそばで老人が居眠りする。舞台設定は満点だ。

 物語が語られるにつれ、影が深まっていく。スカダーが登場するころには、物語の世界は闇に支配されている。ニューヨーク、ヘルズキッチン、AA(アルコール依存症患者自主治療会)の集会、家なき人々、バーボン片手にヤンキースの試合を見ているときにかかってきた電話、そして夜の街に響くジャムセッション。ニューヨークの音楽をBGMに、物語の幕が下ろされる。深く吐息をつく。

 この1冊でブロックの魅力がたっぷり楽しめる。贅沢なひとときを堪能させてくれる〈現代短篇の名手たち〉が続けて刊行されることを切に願う。

現代短篇の名手たち7 ローレンス・ブロック『やさしい小さな手』田口俊樹・他訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

(2010年2月)