短編小説の名手、エドワード・D・ホックを偲ぶ
『サム・ホーソーンの事件簿 I 』『サイモン・アークの事件簿〈1〉』『夜の冒険』

サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫) 「それは一九四一年の晩夏のことだったよ(サム・ホーソーン医師は二つのグラスに酒を注ぐと、話を始めた)。」『サム・ホーソーンの事件簿 I 』エドワード・D・ホック著、木村二郎訳より「旅人の話の謎」

ニュー・イングランドののどかな田舎町ノースモント。老いたる医師、サム・ホーソーン先生が、客人に酒をすすめつつ、若き日に解決した数々の不可能犯罪を語る。

いつ訪ねても、サム先生はお酒をすすめて、若かりし日、関わった事件について話してくれる。事件簿で語られる期間は、1920年代初頭から1940年代半ばまで、20年以上に及ぶ。禁酒法から大恐慌を経て戦争に至る時代のアメリカが、そこにある。

30代の経験豊かな医師となったサム先生が獣医のアナベルと結婚式を挙げたのは、1941年12月6日のこと。新婚旅行に出かけようとしたとき、日本軍が真珠湾を攻撃したというニュースが入る。戦況は深刻化し、ノースモントから出征した若者のなかからも戦死者が出た。日本の読者としては、サイパンやレイテ島などの地名が出てくるのはつらく、切ない。そして、第2次世界大戦末期、ノースモントの病院に搬送された謎の患者の事件をもって、サム先生の事件簿は永遠に閉じられた。けれど、本を開けば、いつでもサム先生に会える。

2008年1月17日、作者、エドワード・D・ホックは77歳で亡くなった。サム先生のシリーズはこれで最後となってしまったが、短編小説の名手であったホックは、他にも多数の作品を残している。ホックが創造した人物は、サム先生や怪盗ニック・ヴェルヴェットのほか、凶悪犯罪斑リーダーのレオポルド警部、西部のガンマン、ベン・スノウ、暗号解読の専門家、ジェフリー・ランドなど多彩な顔ぶれが並ぶ。なかでもユニークな存在であるオカルト探偵が活躍する『サイモン・アークの事件簿』が2008年12月に出版され、2010年1月末にはノン・シリーズの短編集『夜の冒険』が刊行予定である。

ホックに思いをはせながら、これから出される邦訳を大事に読んでいきたい。

『サム・ホーソーンの事件簿 I 』木村二郎訳 創元推理文庫
『サイモン・アークの事件簿〈1〉』木村二郎訳 創元推理文庫
『夜の冒険』ハヤカワ・ミステリ文庫

(2010年1月)