秋の夜長にドハティ

 深まりゆく秋。夜長という言葉がしみじみ嬉しく感じられる。そんな夜のお楽しみは、歴史ミステリがふさわしい。

 さて、今回は、英国歴史ミステリの大家ポール・ドハティ(ハヤカワポケミスでの表記。創元推理文庫ではドハティー)を取りあげたい。少し前まで知る人ぞ知る存在だったポール・ドハティだが、2006年に『白薔薇と鎖』で初めて邦訳が出されてから、次々と着実に出版されている。複数のペンネームを使い分け、多彩な人物を駆使し、異なった作風で楽しませてくれる多作な作家ドハティの作品のうち、邦訳されているシリーズをご紹介する。

〈国王の密偵ヒュー・コーベット〉
教会の悪魔〔ハヤカワ・ミステリ1811〕 (ハヤカワ・ミステリ 1811)  13世紀、エドワード1世統治下のイングランド。妻子をペストで亡くした悲しみから立ち直れずにいた王座裁判所書記のヒュー・コルベットに課せられた任務は、国王の密偵として、不可思議な事件を調査することだった。
 今年、出版されたシリーズ第1作『教会の悪魔』では、王の居城に近い教会で起こった自殺沙汰をとりあげている。密室での犯罪を扱う本格ミステリであり、ハードボイルド的な味わいがあるが、いささかあっさりしすぎて物足りなさが残る。第1作でもあり、お手並み拝見といったところか。次作は名作と評判が高いので、期待したい。原書は15作出されている。

〈修道士アセルスタン〉
毒杯の囀り (創元推理文庫) 赤き死の訪れ (創元推理文庫 M ト 7-2)  国外では百年戦争、国内では王権が転々と移り、政情不安定な14世紀のロンドン。心に傷を負った托鉢修道士アセルスタンと、酒好きクランストン検死官が不可能犯罪の謎を解く。ミステリとしてのおもしろさだけでなく、美しい女性信者に心揺れるアセルスタンと豪放磊落に見えて繊細なところのあるクランストンとの軽妙で機微に富んだやりとりが楽しめる。
 第1作『毒杯の囀(さえず)り』では“歌う”廊下の奥の部屋で起こった殺人事件、第2作『赤き死の訪れ』ではロンドン塔城主の死の真相を探る。第3作『神の家の災い』が11月、出版予定である。原書は10作出されている。

〈ロジャー・シャロット〉
白薔薇と鎖 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)  16世紀、ヘンリー8世統治下のイングランド。すんでのところで絞首刑を免れ、ウルジー枢機卿の甥ベンジャミン・ドーンビーの従者を務めたロジャー・シャロットが、若かりし日の冒険を物語る。第1作『白薔薇と鎖』では薔薇戦争の残党をめぐる陰謀が描かれており、ヘンリー8世の娘でまだ王女だったエリザベスや若きシェイクスピアが顔を見せるのも読みどころのひとつである。
 下ネタ炸裂のロジャー翁は8月号でご紹介したフロスト警部に通じるところがあり、邦訳が出ている3つのシリーズの中では、中世英国の臭気が最も強い。それだけに、好みは分かれるだろうが、好きな人にとってはクセになりそうな味わいがある。原書は6作出されている。

 お気に入りは、アセルスタンとクランストンのコンビだけど、破天荒なロジャーも捨てがたい。と思っていたところに表れたヒュー・コルベット。こちらも期待できそうだ。

 ドハティには、他に、アレクサンダー大王を主人公とするシリーズやエジプト、古代ローマを舞台とするシリーズなど、多数の作品があるが、上記3シリーズ以外は未訳である。待ちきれなくなれば原書でとも思うが、できれば、1日も早く翻訳が出ることを願ってやまない。

『教会の悪魔』和邇桃子訳 ハヤカワ・ミステリ
『毒杯の囀(さえず)り』古賀弥生訳 創元推理文庫
『赤き死の訪れ』古賀弥生訳 創元推理文庫
『神の家の災い』古賀弥生訳 創元推理文庫
『白薔薇と鎖』和邇桃子訳 ハヤカワ・ミステリ