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「ハード・タイム」を読んで

やっぱりハードだった『ハード・タイム』

谷澤 美恵

 『バースデイ・ブルー』から6年…えーそんなに時間が過ぎてたのかあ。時が経つのは早い、おそろしい。さて、とページを開くと、おお、ヴィクがいる。元気そうやー。変わってないなあ。たかが本なのに、こんなふうに思うのはもうほとんど病気ですなあ。これぞシリーズものを読む醍醐味。しあわせな瞬間。
 でもねー、ほんとは読む前から「今回はかなりハード」という前評判をあちこちで見たり聞いたりしてたから、気合い入れて読まなきゃ、みたいなヘンな意気込みがあった。これって良いことなのか悪いことなのか…。なぁんにも予備知識なしに読んだら、きっと衝撃度なんかも違うと思うんだけど、ま、そんなことは誘惑に弱い私には無理。前評判聞いてても、やっぱりハードだった。いっちばんキツかった。
 何がキツイって、やっぱり投獄されてから、出るまで。あの部分はしばらくは読み返したくないくらい。刑務所での囚人の扱いを描いた小説や映画はごまんとあるけど、そんでその度に影響受けたりショック受けたりはしてるけど、ヴィクが投獄、となると話が違う。テンポよく、当たり前のように人権が蹂躙されていく様が描かれ、決して負けないヴィクの姿に救われながらも、ラストではヴィク自身が思っていた以上に、実は精神的にズタズタになってたことを知らされ…もう、ほんっとにキツかった。体も今までで一番酷いケガを負っただろうけど、精神的なダメージが、行間から文字で伝わってくるのではなく、感覚で伝わってきた。ぎゅっと胸をつかまれるような感じ。つらかった。
 メアリ・ルイーズ・ニーリィが再登場してて、『バースデイ・ブルー』で言ってた通り、ヴィクのアシスタントをやってて頼りになりそうだし、レギュラーが増えてうれしー、なんて喜んでたら中盤からアレアレ? 風向きが変わってきた。互いに信頼できて、助け合える仲間として描かれるものとばかり思ってた私は甘かった。
 メアリ・ルイーズが、ヴィクを信頼せず、無謀さを責めて、子供たちを守るために徹底して保身に回った姿は、ヴィクの立場から見れば、腹の立つものだった。でもヴィクが彼女の立場だったら? 子供たちを殺すと脅されても、真相究明を優先できただろうか。子供の安全を確保しつつヴィクもサポートする、というのは理想だけど、現実はそんな簡単にはいかない。子供が危険な目にあうかもしれない、しかも敵の姿は見えない、いつどこから狙われるか分からない。そんな状況にさらされたら、ナーヴァスになるなというほうが無理だ。誰がメアリ・ルイーズを責められるだろう。それにしても、そんなメアリ・ルイーズとヴィクの意見を対立させて見せるサラさんはちょっと残酷だな。こういう葛藤を読むのってホント苦しい。

 ストーリーの中で、レムーアなんかはとっても分かりやすい悪役キャラだけど、目に見えない悪意、気づかないうちに忍び寄ってくる悪意ほど恐いものはない。だからこそ、メアリ・ルイーズにあんな行動を取らせてしまったんじゃないだろうか。
 それにしてもレムーア。こいつはシリーズ中最悪のキャラかも。ヴィクのオフィスから麻薬が見つかる場面は本当に恐かった。よくもまあ次々と、こんな汚いことができるなあ、とあきれ返る。まあ、背後にはバラダインがいたわけだから、バラダインのほうがもっと悪人なんだけど、それにしたってこの強烈さ。後ろから飛び蹴りかましてやりたいと何度思ったか。ラスト近くで自分から落っこちてくれて、心からうれしかった。悪は報いを受ける、現実もこんなだったらいいのに。
 でも、考える。悪は報いを受ける…レムーアのように、どっからどう見ても悪人、だったら分かりやすいし、単純にコノヤローと思える。けどニコラは? 移民で貧しくて、やむにやまれぬ事情で窃盗を犯してしまった、なんて気の毒な。でも、窃盗というのは犯罪、これは事実。犯罪を犯した人間が罰を受けるのは仕方ない、というのが一般的にも常識だろう。それがなくて微罪は野放しなんてことになったら、被害者はたまったもんじゃない。(あ、これは一般論です、あくまでも。決してバラダイン夫妻が気の毒といってるわけではありませんので…念のため。)
 犯罪者はたいていの場合服役して、「まあ、犯罪者なんだから多少の不便は我慢してもらわないと」が、「犯罪者なんだから多少の人権は蹂躙されても」になるまでの距離はどの位なんだろう。それが「囚人は女、この女は犯罪者なんだからレイプされたって仕方ない」になるのは? それこそホンのちょっとの距離なんじゃないか? レイプされても仕方ない人間なんて、もちろんいない。けれども刑務所は密室だ。誰かがそう考えて、それが広まって、それで「バレるとマズイからさー、隠しとこうね」って思う人間が数人いたら、もうそこは無法地帯だ。現実の世界を見渡したって、そんな話がゴロゴロしてる。これが事実。あなたはどう思う? って、また目の前につきつけられた気がする。
 瀕死の状態でゴミのように捨てられて死んだニコラ。人間が、人間以下の扱いを受ける。レイプだってもちろん人間以下の扱いだ。サラさんの怒りは一貫してそこに向けられている。犯罪を犯して刑務所に入ったって、人間であることに変わりはない。人間は、人間として扱われなければならない。強い強いメッセージが伝わってくる。

 今回、モレルの存在は大きかった。フリーマンだって頼りにはなるが、彼はどこまでもビジネスライクで、自ら危険を冒してまで支援してくれるということは滅多には期待できないもの。ヴィクが投獄されていた時も、事件が一応の解決を見た後も、モレルがいてくれて本当によかった。かつてロティが言ったことと同じことを、モレルがヴィクに言っている。「自分ひとりで世界は救えない」。でも、あなたのやったことは、やり方は誉められないにしても間違ってはいないと、ロティと同じ深さで、ヴィクを根本から理解してくれる姿がうれしかった。モレルとヴィクはいい感じで続いてほしいな。
 今までシリーズ中に出てきた人たち、グレアム親子とかラルフ・デブロー、それに短編のエピソードなんかもチラッと出てきたりして、これってもしかして「サヨナラ」のメッセージだったりして…と深読みしてしまう。それとも長い間待たせちゃったね、っていうサービス? そうだといいんだけど。だってモレルにまた会いたいし、メアリ・ルイーズの活躍も見てみたい。でも、ファンのために頑張ってシリーズ続ける、なんてことはして欲しくない。っていうか、ファンはさせちゃいけないと思う。サラさんが語ることがあってこそのヴィクシリーズなんだから。


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