VIC FAN CLUB
MYSTERY


わたしの好きなミステリー/3
赤い髪の女たち/リンダ・バーンズ

赤毛のカーロッタ奮闘する、コンバット・ゾーンの娘、シルヴァー・リングを残した女

杉谷 久美子
Kumiko Sugiya


私が赤い髪の女性に惹かれるのは子供のとき読んだ本のせいに違いない

 『ファミリー・ポートレイト』(早川書房)は19人の作家の手になる家族の思い出を書いた本で、アメリカの作家たちの生き方についてずいぶん勉強することができた。その中の一人、サラ・パレツキーは『手に負えない女たち』という題でこう書き出している。【四才の少女の髪は縮れ毛の塊りだ。同い年のよその女の子たちのまっすぐで絹のようになめらかな髪の代わりに、きつくカールした髪の毛がくしゃっとひとまとめになっている。彼女の母親はそれを正そうと甲斐ない努力をする。】ために、何年もの間、彼女の髪は男の子のように短く切られていた。
 そこを読んで思い出した。私の髪は真っ黒で硬くて太くて多くて、あきらめてショートヘアーにおさまるまで、こどものときからまとめるのにずいぶん苦労したものだ。

 

 欧米の翻訳小説を読んでいると髪の色、目の色は大切な要素であって、まず、そこから登場人物を知ることになる。私が赤い髪の女性に惹かれるのは子供のとき読んだ本のせいに違いない。
 まずジーン・ウエブスター作『あしながおじさん』があった。赤毛のサリー・マックブライドは主人公のジューディの学友で『続・あしながおじさん』では孤児院を経営することになる有能な女性である。もう1冊はジーン・ポーター作『リンバロストの乙女』(幼少の頃、私が持っていたのは本の名が『黄色の皇帝蛾』で、そのせいで亡くした本を探すのにン十年かかったいわくつき)で、これはもう覚えているところが増幅されていて、赤く輝くエルノラ・コムストックの髪は卒業式の白い服とともに、私のこころの奥にしまわれていた。赤毛と言うより陽を受けて赤く輝く金髪だったかもしれないが、私はずっと赤い髪と記憶していた。
 学費を稼ぐためにリンバロストの森で蝶や蛾を採っていて、よき隣人や理解者はいるものの甘えないエルノラ、孤児院育ちのジューディ、ジューディに頼まれて孤児院を経営することになるサリー。幼く貧しい私にこの2人の女性の書いた本はまともに懸命に働くことをしっかり教え、いわば、アメリカのピューリタン精神に満ちた啓蒙書の役割を果たしたようである。おかげでこうしていまだに社会の底辺で働いているわけです(笑)。いくら子供でも金持ちの男とのハッピーエンドはお話と思っていたし…今また読み返してみて“この女性たちはけなげやなあ”と思った次第です。
 映画『静かなる男』でも、アメリカでボクサーだったジョン・ウェインが、故郷アイルランドへ帰って一目惚れする赤毛のモーリン・オハラは勝ち気というよりけなげだと思う。

彼女なら「ボストンには私もいるのよ、スペンサー」と言っても不思議ではない

 1988年にリンダ・バーンズの『赤毛のカーロッタ奮闘する』(角川文庫)が出たときは、これはこれはと喜んでしまった。私立探偵で、女性で、赤毛で、言うことなし。長身で、勇敢なカーロッタはヴィクの妹のように思えた。彼女なら「ボストンには私もいるのよ、スペンサー」と言っても不思議ではない。なぜヴィクとキンジーがいつまでたっても比較の対象になるのか不思議だ。
 カーロッタ・カーライル、元警官、現在ボストンの私立探偵兼タクシー運転手、離婚歴あり。アイルランドとスコットランドの血を引く父とロシア系ユダヤ人の母との間に生まれた。身長6フィート1インチ、赤毛、グリーンの目。猫のトマス・Cとインコのレッド・エマと一緒におばの残してくれた家で暮らしている。下宿人のロズは絵描きで、家事を手伝う条件で家賃を安くしているが、突飛な服装でしょっちゅう髪の色を染め変える愉快な女性である。
 〈妹〉のヒスパニック系のパオリーナは〈ビッグ・シスター協会〉で紹介された10才の少女でカーロッタの生き甲斐のような存在だ。【婦人警官をしていた頃、〈ビッグ・シスター協会〉の女性が協力を求めて署を訪ねてきた。ボストン一帯には、何百万人もの幼い女の子たちが、手本となるべき人間が身近にいない環境で育てられている。彼女たちにとっては姉〈ビッグ・シスター〉の存在がおおいに役立つのだ、とその女性は説明した。一対一の関係に、わたしは心を動かされた。そして、その場で協会に入会すると、一ヶ月後、パオリーナというごほうびを与えられたのだ。パオリーナは……そう、まさに彼女は、わたしが妹に選びたかったような女の子だった。】

 

 警官時代の上司アイルランド人のムーニーにいつも誘われるが、恋愛関係にはならない。【ムーニーとおしゃべりすることは、わたしが警官になってよかったと思った、数少ない事柄のひとつだ。見てくれもなかなかな相手なのに、しいてデートしようなどと思わなかったくらいに、ムーニーとわたしはそれはそれは気が合った。ベッドのお相手が上手な男はごまんといるが、今やテクニックを要するのは会話のほうだ。】ほんとにそうだと思う。でも、カーロッタはベッドで合う恋人もいるのだよ。彼女が働くタクシー会社の経営者、かっこいいサム・ジアネーリ。そう、カーロッタはメンクイなのだ。ムーニーだって警官らしく見えない身だしなみのいい男である。
 IRAへの幻想に取り込まれたアイルランド人のタクシー運転手たちが巻き込まれた事件を追う第1作は、もうひとつ猫のトマス・Cの名前を自分のかわりに電話帳にのせているために生じた誤解をもとに、FBIをからかいの対象に登場させてユーモアに満ちたストーリーの展開だ。

行ってみるとマヌエーラが顔をめちゃくちゃにされ、手首を切られて殺されていた

 第2作『コンバット・ゾーンの娘』(ハヤカワ文庫1992年)は、ムーニーが警察内で窮地に陥ったのを助け、悪徳警官の不正を暴くのと並行して、ボストンの歓楽街コンバット・ゾーンで拾った上流階級の少年の話から始まる近親相姦の少女を助けるという暗い話題だが、カーロッタの暖かさが救っている。そして、カーロッタがときどき思い出すユダヤ人の祖母の言っていた「人間は生きるべきだ。たとえ好奇心のためだけでも」「牛からつくられるもの必ずしもバターならず」(翻訳調なのはもとがイデッシュ語だから)などが、ユーモアの効果を上げている。

 第3作『シルヴァー・リングを残した女』(ハヤカワ文庫1993年)は、ヒスパニック系の不正移民の問題に取り組んだ堂々たる作品だ。冒頭のウディ・ガスリーの『国外追放者』の歌詞の引用からもリンダ・バーンズの姿勢がはっきりわかる。
 ある日、突然ヒスパニック系の女性マヌエーラがカーロッタの住まい兼事務所を訪ねてきて、なくしたグリーンカードを探してほしいという。調べはじめて間もなく、助けてという留守番電話がはいる。行ってみるとマヌエーラが顔をめちゃくちゃにされ、手首を切られて殺されていた。ここから女性たちの連続殺人事件をカーロッタは追うことになる。調べていくうちに〈妹〉のパオリーナの母マルタがかかわり、なぜか反抗的になったパオリーナが事件に絡んでくる。
 警官ムーニーと協力しながらも、ことあるごとにその男性的保護本能にイライラするところがずーっと続いていて、ここが女性読者の共感を得るところだろう。【ムーニーは議論しようとして口を開いた。無理もない。彼はボストンのアイルランド人なのだ。生まれも育ちも。だから、本能的に女と子供を保護しようとするのだ。彼は口を開き、わたしをにらみつけ、何もいわずにまた口を閉じた。彼にしては上出来だった。】【ムーニーが発揮した騎士道精神に、わたしはいらだちを覚えた。なにも、保護者的な態度を軽蔑しているからではない。ただ、それによって、自由が侵害されるからなのだ。もしかしたら、今ここでわたしが主張しているのは、夜、危険な界隈で強盗にあう権利かもしれない。だが、それでもいい。それがわたしの運命ならば。】……食事の支払い、クルマの運転、家まで送るとか、その度に言い合いになるのは、この二人は一生こうやっていくんじゃないかと思うところもあるけどね。
 けなげにボストンに生きるカーロッタ・カーライルに乾杯!

 最近、もうひとり赤い髪(ストロベリー・ブロンド)の女性が現れた。ナンシー・ベーカー・ジェイコブス『楔の青』と『復讐の赤』のデヴォン・マクドナルド。ミネソタの私立探偵です。すごく気に入ってしまってね、そのうち彼女のことを書きたいと思っています。

1994年10月


本の写真は左から『赤毛のカーロッタ奮闘する』(1988年角川文庫)、『コンバット・ゾーンの娘』(1992年ハヤカワ文庫)、『シルヴァー・リングを残した女』(1993年ハヤカワ文庫)
VIC FAN CLUB:MYSTERY