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MYSTERY


わたしの好きなミステリー/2
マイケル・ナーヴァ

このささやかな眠り、ゴールデンボーイ、喪われた故郷

杉谷 久美子
Kumiko Sugiya


ゲイの弁護士ヘンリー・リオスはサンフランシスコの近郊に住むヒスパニック系で黒い髪、痩せ型の33歳。

 あるミステリクラブの会報に書評を書くことになって、割り当てられたのがマイケル・ナーヴァの『喪われた故郷』だった。弁護士ヘンリー・リオスもののシリーズ3作目である。はじめて読む作家だ。半分ほど読んだところで、前の2冊を読まなくちゃと本屋へ走った。主人公のヘンリー・リオスとわたしは誕生日が一緒だとわかったのだ。恋人のジョシュがヘンリーに「今日がなんの日かわからないの?」と聞く場面で、その日は9月4日。1年365日あるのになんで9月4日なんだろう、まったく。

 第1作『このささやかな眠り』で初登場するゲイの弁護士ヘンリー・リオスはサンフランシスコの近郊に住むヒスパニック系で黒い髪、痩せ型の33歳。(本人は疲れたとばかり言ってるけど、あちこちでもてるんだもの、きっと男前にちがいない。)拘置所番の公選弁護人をしていて、ある朝、昨夜逮捕された青年ヒュー・パリスと面接する。「ぼくのボーイフレンド」と言ったときにヘンリーが無表情だったことから、ヒューは「きみはゲイだな」と言う。しかしここでの会話では心は開かれず、ヘンリーは名刺を置くだけで立ち去ることになる。
 もう一方でロースクール時代の友人から、もっとましな弁護士事務所へとスカウトされるのだが、「金持ちの代理人をしていたのでは、大衆の叫びは聞こえてこない」と断る。かっこいい。35ページでもう公選弁護人をやめてしまうのだが、原因はヒュー・パレスを助けられない焦燥感があったからだ。その後追いつめられていると訪ねてきたヒューと愛し合うようになり、ヒューが大財閥のお坊っちゃんで薬物中毒者であることを知るが、ヒューの不幸な育ち方、複雑な家族関係は隠されたままだった。ヘンリーはもう一度弁護士の仕事に戻る決意をして開業するが、まもなくヒューが殺される。犯人を突き止めようとする彼にさまざまな壁が立ちふさがるが、権力に屈せず犯人を追いつめる。協力を拒み続ける母親をついに依頼人にしてしまうシーンは感動的。

 作中よくお酒を飲むなあ、と気遣っていたのだが、第2作『ゴールデンボーイ』までの3年間にヘンリーはアルコール依存症になり、入院治療して、ついにお酒を断っている。そしてカリフォルニアのゲイの弁護士ラリー・ロスの誘いで、ソドミー法案をめぐる運動に参加し、いまや有名な活動家である。
 『ゴールデンボーイ』はラリー・ロスの依頼で、殺人犯として逮捕された少年ジム・ピアースの弁護を引き受け、ロサンジェルスヘ来たところからはじまる。ジムはゲイであることを両親に暴露すると脅かされて、同僚を殺したという嫌疑で逮捕された。ラリー・ロスはエイズに感染しており死を目前にしている。毅然として最後の日々を生きるロスはヘンリーに言う。【「おれの代わりにジム・ピアーズの命を助けてやってほしい」「元をただせば、同じ病気さ。偏狭さという名のね。エイズで死んでいく人間をほおっておくか、カミングアウトするよりは殺人の方が容易だと思わせる状況に追いこむかというだけの差だよ」】
 しかし、ヘンリーの努力にもかかわらず、ジムは自殺未遂で植物人間になってしまう。はじめはジムを犯人としか思えない状況で弁護を引き受けたのだが、調査していくうちに真相がわかっていく。調査員フリーマン・ヴィダーは黒人の元警官、減らず口をたたきながら、よき協力者になっていくところもいい。

「きみのことが怖いんじゃない。きみのために怖いのさ。誰かが、君を傷つけるかもしれないと考えるだけで怖いのさ」(『ゴールデンボーイ』から)

 調査中にジムの同僚のジョシュがヘンリーに愛を告白。ジョシュはエイズ検査で陽性であった。それからいろいろあって、アパートから姿を消したジョシュを両親の家に訪ねたヘンリーが、話し合いのあと、抱き合っているところを両親が見つける。【「ジュシュア。いったいこれはどういうことなの?」わたしたちは体を離した。ジョシュが口を開いた。「母さん、父さん、そこに座ってくれないか。2人に話すことがあるんだ」それから八時間以上にわたって、ジョシュは両親にゲイであることを告げたばかりでなく、わたしたちが恋人同士であること、抗体検査の結果についても告白した。】その夜は遅くなったので泊まるのだが、翌朝のやりとりもとてもいい感じなのなのだ。そして帰りの車中で【「あなたが怖がることがあるなんて、信じられない」「信じられないかい? そうだな、ぼくはつねに怒りを忘れないようにしている。そうすれば怖がらなくてもすむからね。でも……」わたしは彼の足の上に手を置いた。「きみに対する思いにはあまり効き目がないようだ」彼はわたしの上に自分の手を重ねた。「ぼくのことを怖がってはいないでしょ?」「きみのことが怖いんじゃない」とわたしは答えた。「きみのために怖いのさ。誰かが、君を傷つけるかもしれないと考えるだけで怖いのさ」】ううう、いいなあ。
 そうそう、クリスマスにふたりで買い物に行ったデパートで1作目に出てきたグランド・ハンコックに会うところもいい。わたしはグランドの上品でヘンリーのことをほんとうに想っているところがとても好き。さて、事件は意外な展開で解決するのだが、ジョシュが協力し危険な目に遭う。「愛しているよ、ジョシュ」で終わる最後はやっぱり感動的。

「ときどき、みんなは貧困を犯罪の一種とみなしたいんじゃないかと思うときがあるよ」(『喪われた故郷』から)

 第3作目『喪われた故郷』ではジョシュのからだのことを考え、彼の親の近くに住むことにして、ロサンジェルスに移転して開業している。そこへ疎遠になっていた姉から、故郷の友人の弟が殺人罪で逮捕されたので弁護を、ということで生まれ故郷のロス・ロブレスへ行くところからはじまる。酔っぱらいの父、宗教にしがみついていた母にほったらかされて、お互い孤独でふれあうことなく育った姉。しかも逮捕されたポール・ウィンザーは以前にも淫行罪で逮捕されたことがあり、今回は幼児ポルノ業者を殺したということなのだ。
 第1作でよき理解者だった警官のテリー・オルメスの結婚式のためにホテルに泊まっているヘンリーとジョシュは大喧嘩する。仕事と大学があるジョシュを置いてロサンジェルスを離れられないヘンリーをジョシュが批判したのだ。飛び出した廊下にテリーがいて、ジョシュへの愛の深さを話し合ううちにテリーが言う。【「ゲイの名士、刑事弁護士、チカノ(メキシコ系アメリカ人のこと)――あなただって安易な道を選んではいないわ」】
 訪ねてきたジョシュを案内して昔住んでいた町を通ると、町は相変わらず貧しい姿をさらしている。こんなところで育ったのかとおどろくジョシュにヘンリーは言う。【「ときどき、みんなは貧困を犯罪の一種とみなしたいんじゃないかと思うときがあるよ。ある意味で法律がすでにそうしているといえないこともないけれどね」】
 今回は現地で冷遇されている弁護士ピーター・スタインが協力し、第2作で知り合ったヴィダーの調査により陰謀を暴き事件を解決する。最後は新しい協力者のピーター・スタインを迎えるべく大きい部屋に引っ越すところ。ジョシュは病院で新しい治療を受けるために出発する。

 この3作を何度も読んだ。ヘンリー・リオスへのわたしの共感は深まるばかり。会話もいっぱい暗記してしまった。言われたら言い返すヘンリーはヴィクにとても似ている。「きさまがほんものの男だったら、殺してやるところだ」と言われて、【「もしあなたがほんものの男だったら、息子さんは今頃慈善病院の拘置所病棟なんかで植物人間になったいなかったでしょうよ」】と応じるが、こういうところを読む度に気分がすっとする。
 ヴィクもヘンリーも、その仕事や言動に関して、女性であることやゲイであることを差別した言葉で批判される。ヘンリー・リオスはその批判に対して、きっちりと分析して答える人でもある。『このささやかな眠り』でテリー・オルメスが警察の立場を超えて、手をさしのべたときにこう言う。【「ぼくたちは決して人の期待にそって動いたりしないし、プロとしての腕もいい。僕たちが疎外されているのはこの能力ゆえであって、きみが女性の警官で、ぼくがゲイの弁護士であるせいでじゃないんだ」】

1996年12月


本の写真は左から『このささやかな眠り』(1992年刊)、『ゴールデンボーイ』(1994年刊)、『喪われた故郷』(1996年刊)、すべて創元推理文庫
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