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ミステリーとは?

岡田 春生
Haruo Okada

 「サイレント・ジョー」を読んだ。(ジェファーソン・パ−カー著、早川書房、1900円+税)
 パーカーのデビューから17年で書いた真の傑作と言われ、すこぶる評判がいい。アメリカ探偵クラブ賞の最優秀長編賞を受賞した。本年度のナンバーワンと呼びたい傑出した作品だと評価されている。
 主人公のジョーは赤ん坊のとき父親から顔に硫酸をかけられ顔の片側に醜い痕跡がある。そこで帽子を深くかぶって無口な男になる。施設から引き取られて愛情深い養父母のもとで育ち成長して保安官補(実は看守)としてまじめで礼儀正しくつとめ、その傍ら尊敬する養父の運転手兼ボディガードをつとめている。24才であと1年で保安官の仕事に就くことになっているが、その矢先、養父が目前で殺される。襲った5人組に応戦してジョーは2人をたおす。そして養父の仇を討つために真相を究明するが,政界のボスであった養父のみにくい面を知る。養父の政敵である男の娘が誘拐されて、娘を救出して結局仇を射殺する。事件の追及の途中で知り合った地方テレビ局のキャスターをつとめるジューン・ダウアーと恋仲となりメデタシ、メデタシとなる。終了。
 文章がきれいでスラスラと読め,構成もうまいし作品の各人の造型も上手である。しかし読み終えて疑問を感じた。これが探偵小説か?

 ほとんど同時に日本の流行作家、内田康夫の「中央構造帯」(講談社 1800円+税)を読んだ。おなじみの浅見光彦の活躍である。中央構造帯とは日本列島の中央を縦に南北に走る大地溝帯・糸魚川-静岡構造線に対して,横に東西に九州から関東にまで走る地質構造線を構想したものである。即ち大分県佐賀関ー愛媛県佐田岬ー徳島県吉野川ー和歌山県紀ノ川ー愛知県渥美半島、さらに諏訪湖から東に走って埼玉県秩父市ー茨城県岩井市、やや北上して水戸市ー北茨城市ー福島県いわき市で太平洋に抜けている。
 ところが東端の千葉県柏市、松戸市で日本長期産業銀行の幹部社員2人が原因不明の不審死(表面心筋梗塞)で死に、続いて社員の自殺,他殺が相次いだ。何れも原因不明で不良債券処理の不調のためと噂された。しかし重要な地位にあった幹部が岩井市で死んだということで平将門(たいらのまさかど)の祟りと噂された。
 将門は約1000年前に承平(じょうへい)の乱を起し、岩井で戦死(940年)したが、その怨念を鎮めるために国王神社に祀られ、その首は東京大手町の長期産業銀行の隣りの地に埋められたことになっている。その後も続出する不祥事が皆将門のゆかりの地で起こるので事件は将門伝説と重ねて考えられていたが、浅見探偵は、数年前に日本経済を急激に衰退させたバブルに原因があるとみて、当時、首都移転または一部機能の移転の噂にのって膨大な土地を買収し、それがバブル崩壊と共に不良債券として残ったのをどう処理するかで、社内の勢力争いがからんで犠牲者が出たと解明した。さらにその遠因は約50年前の第2次大戦で終戦となった際、当時米軍の進攻を阻止するため、沼津市郊外の静浦海岸に陣地を構築していた日本軍の工兵隊で上官の酷使と虐待に耐え切れず反乱を起こして兵たちが将校ら7人を殺害したが、それを終戦の報に名誉ある自決をとげたとして真相をかくしていた。その兵たちの仲間争いにあったと突きとめた。
 以上、「中央構造帯」も構成がよく、文章もきれいで克明な説明があり、結構面白かった。
しかしそこで疑問が沸いた。いったい探偵小説とかミステリーと呼ばれるものの条件とは何か。通常考えられるのは次々に起こる事件の意外性、謎解きの面白さ、ドンデン返しの結末などではないか。
 そう考えると「サイレント・ジョー」は明らかに良い探偵小説とは言えない。良質の恋愛小説というのが正しいかもしれない平坦な展開で、覆面の真犯人と探偵が水面下で丁々発止、知力を比べあう面白さはない。

 しかしここで思い出したのは日本探偵小説の鼻祖・江戸川乱歩が同業の木々高太郎を批判した話しである。木々は医学者で精神分析などを引用して神韻渺茫(しんいんびょうぼう)とした判りにくい小説を書き、探偵小説を文学として芸術に引き上げると言っていた。乱歩はこれに対して探偵小説はあくまで謎解きの面白さを追及する読み物である、言わばクロスワード・パズルのようなものである。しかし芸術性が加わっても差し支えない。ただ謎解きの推理の展開を忘れては困る。昔、言葉のアソビであった俳諧を芭蕉は五七五の格調の高い芸術に引き上げた。木々高太郎が芭蕉のように天才が受ける苦悩を担って探偵小説を芸術に引き上げてくれるのは結構である。頑張って欲しい、という意味のことを言っている。今2人とも死んでいるが…。
 なるほど探偵小説にも名作と言われるものはコリンズの「月長石」のような気品のあるものがあり、またホームズもルコック探偵もブラウン神父も個性豊かで風格をもっている。傑作も多種多様である。ここではパーカーよりも内田に軍配を挙げたいがどうだろう。

2003年1月

※本の写真 ジェファーソン・パ−カー『サイレント・ジョー』(早川書房)、内田康夫『中央構造帯』(講談社)

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