VIC FAN CLUB
ESSAY

読書の楽しみ 4

『大はずれ殺人事件』
THE WRONG MURDER by Craig Rice 1940 小泉喜美子訳

喜多篤子


杉谷さんがkumikoさんのページやBBSに「スイート・ホーム殺人事件」について書いておられたので皆さんご存知でしょう、クレイグ・ライスの本当におもしろい一冊です。
明るく楽しいミステリについて書きたいと思って「スイート・ホーム殺人事件」にしようと思っていたら、kumikoさんに先を越されてしまったので、同じ作者の大好きなもう一つのシリーズにしました。
「大はずれ殺人事件」、なにが大はずれかって、殺人事件が大はずれだったんです。つまり主人公の探偵が解決すべき事件ではない殺人事件を解決してしまったのです。
 さて、主人公とは誰でしょう?私が持っている昭和52年発行のハヤカワ・ミステリ文庫では登場人物の一番はじめにジェーク・ジャスタス・・・もと新聞記者、2番目にヘレン・ジャスタス・・・ジェークの妻とあります。でもこの二人が事件を解決するわけではありません。事件を解決するのは4番目に載っているジョン・J・マローン・・・刑事弁護士です。ジェークとヘレンは解決に力を貸すというか、かきまわすというか、混乱させるというか、とにかくこの作品を楽しくする役回りです。この3人が主人公、Heroes & Heroinと言えるのでしょう。
 事の発端はジェークとヘレンの結婚式の夜に始まります。積年の夢であったヘレンと結婚はしたもののジェークは失業中で、天にも昇るような幸せを感じながら、ついついバーミュダへの新婚旅行から帰った後の生活を考えてしまうのでした。ヘレンが億万長者の跡取り娘であることからなおさら、オトコの面子にかけて妻のお金を頼るなんてといったところでしょう。そこで、シカゴ社交界の花形、お金持ち、ナイトクラブ「カジノ」の所有者モーナ・マクレーンの賭けに乗ることになってしまうのです。その賭けというのはモーナは殺人をおかしても、絶対捕まらない自信があるので、もしもジェークがその尻尾を捕まえたら「カジノ」をもらえるというもの。ジェークが負けたら、そのときは満足感だけでOKと失うもののない賭けに評判の店「カジノ」の持ち主になった自分を想像したジェークは思わず賭けに乗ってしまいます。殺人の条件は1. 殺されても誰も嘆かず、モーナが個人的動機のある人間を、2. 公共の道路上で、白昼に射殺というものでした。
 そして、殺人・・・クリスマスの買い物客でごった返すステートとマディスンの交差点で、白昼ジョシュア・ガンブリルという男が射殺されます。そして、留置場、カーチェイス、銃撃戦、お酒、男と女、脅迫などなど、どたばた、てんやわんわ、すったもんだの末、マローンがガンブリル殺人事件を解決します。でも、犯人はモーナ・マクレーンではなく・・・
解決した殺人事件は的外れ、大はずれだったのです。
 ミステリとしてはそれほどおもしろい仕掛けがあるわけじゃないですが、ミステリとしての本筋の間にちりばめられた「どたばた」、「ユーモア」がとにかくおもしろいのです。ちょっと古いハリウッド映画、古き良き時代のしゃれた都会の映画を見ているようです。
 私がはじめて読んだのは就職したての頃、22歳の頃です。そのときは、シカゴ、クリスマス、街角の大きなクリスマスツリー、ライウイスキーをあおって車を飛ばす大金持ちで、傍若無人な金髪美女と赤毛のハンサムと、斜に構えた頭のきれるだけど惚れっぽく美人に弱い弁護士、そしてゴージャスなアメリカに単純にあこがれました。今また読み返すと、単純には楽しめない私もいるようです。時代の流れ、そして私も当たり前ですけど大人になったのでしょう、懐かしさ、古き良き時代をいとおしむような気持ちを感じつつ、やっぱり楽しみました。
そして以前に読んだ時も今も感じるのは、「あんなにお酒を飲んで、あの時代のあのマニュアルの車で、パワーステアリングじゃないハンドルで、あんな運転できっこないじゃない!」というやっかみと、「ジェークとマローンと夫にするにはどっちがいいだろうか」という疑問です。
さて、モーナはまだ殺人を犯していません。では賭けは?とくると、「大はずれ」の後には「大当たり殺人事件」です。「大当たり」でジェークは「カジノ」を自分の物にします。
ということはモーナが・・・。だったと思います・・・私もまた、読みなおすことにしましょう。
 最後にこの舞台はヴィクの街シカゴです。ウォバッシュ・アベニューとか、レイク・ショア・ドライブとかヴィクシリーズとおんなじ名前が出てきます。今回読みなおしてみて、ヴィクとヘレンが同じ道路をすっ飛ばしているかと思うと、ますます嬉しくなりました。

2003年10月

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