VIC FAN CLUB
ESSAY

読書の楽しみ 1

強い女と弱い男
夏目漱石『明暗』と水村美苗『続明暗』

喜多篤子


 読書ということは、一体どういうことなのでしょうね。今、読み返してみると、18かそこいらで読んだときは何にもわかっていなかったということをつくづく感じます。お延の不安や見栄、吉川夫人やお秀の女ごころなどなど、あの頃は何も読み取れてなかったのでしょうね。
 漱石の『明暗』、書き手が男性だからか、男性のほうが生き生きしているように思います。
 津田にしても、ちょっと退廃的というか斜に構えて人生を見ているような、何事も流れるままにというずるさも、外見のよさ、育ちのよさ、人の良さに隠れてちょっと魅力的だし、小林は人間的な強さはあるのだけれど、いやらしさ、実際の貧しさからくる心の貧しさもどぎつくて、「こんな男は嫌いっ」というほどでした。
 その反面、『続明暗』は漱石が作り出した女性が、水村美苗が、良くも悪くも女性としての目から肉付けして、怖いし、したたかだし、生きることに積極的な女たちになっていると思います。吉川夫人やお秀の嫉妬心、独占欲、意地の悪さも、清子が津田を振った気持ちも、追いかけてきた津田にいい気持ちになってしまうところも、うんうんと頷いてしまいました。男たちは、女たちの勢いに右往左往という感じでした。
 愛情というものに真剣に向かい合って、絶望し、それでも雄大普遍な自然を前にして、解き放たれたお延は一体どんな道を選ぶのでしょうか。出血しながら追いかける津田なのか、一転、ちょっと魅力的に思えてきた小林なのか、それとも一人なのか。
 何度もじっくりと読んでみなければという気にさせられます。
 『明暗』、『続明暗』とあるから、どうしても比較してしまいましたが、とにかく漱石はすごい!こんな強い女、弱い男を創り出し、迷う人間たちのドラマを創り出したのですから。現在は社会的な女性の権利、自由というものは、昔から比べれば格段に保障され、女性は強くなったと言われるけれど、本質的には何も変わっていなくて、逆に今は自由や権利が保障されている分だけ、女としての能力というか生きる力が小さくなったように思います。それは男性にも言えるのかなあとも、思いますが、漱石が書いたらどんなだったのでしょうか。津田の一発逆転が見られたのでしょうか。

2003年2月

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