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西の魔女が死んだ (新潮文庫)

私の本箱 1

この夏の収穫 
梨木果歩『西の魔女が死んだ』

相澤せいこ

 『西の魔女が死んだ』(梨木果歩・著)をご存知でしたか。1994年初版だから、もうロングセラーの域ですね。児童書の世界では話題の本になりました。私はアンチベストセラーというひねくれ者ですので、この夏初めて読みました。
 出会いは至って打算的でした。ムスメの夏の宿題(読書感想文)に適当な児童書を探していたんです。ふわふわした夢物語みたいのではなくて、骨のある読み物を読んでほしかった。以前梨木さんの本で「りかさん」を読みました。人と語り合える能力を持つ人形と、それに呼応できる女の子のお話です。つらい過去の記憶を持った人形達と向き合い、成長していく主人公。私は好きでした。まずこれを4勧めたら「怖そうでイヤ」。それでは他の梨木さんの話で・・・と、「魔女」の言葉に娘がつられるかなと思って入手しました。(結局、人の死ぬ話はイヤだそうで娘は読みませんでしたが。)

 学校生活になじめなくなった主人公の「まい」が、街中から離れた場所で自然と調和して暮らす「おばあちゃん」としばらく二人で暮らすことに。

 「おばあちゃんはいつも自分がそのときやるべきことが分かっている。庭の草木のように確かな日々を暮らしている。それに比べて、まいはいつも不安で自分のやっていることに自信がない。」
 自然の持つリズムや力にシンクロするようにして気丈に生き抜いたおばあさん。一見、自信にあふれている。でも、そんな人でも自分の娘にはてこずったようだし、感情をコントロールできない事もある。孫をいかに精神的に鍛え自立させるか。それは一見おばあさんがリードしているように見えて、実は自然の中での静かな暮らしが大きな力を与えている。そしてその力を受け取るかどうかは本人次第・・・

 「庭の草木のように確かな日々」というフレーズがとても好きです。淡々とした暮らしの積み重ねに、実は強い力が隠されている予感がします。

 これを皮切りに、同じ著者の『裏庭』『からくりからくさ』も読みました。
 『裏庭』は、かなりファンタジー色が濃いのですが、決して単なる冒険ものではありませんでした。自分の存在価値を見失った主人公の女の子の自分探しの旅。息苦しい自分を抱えている大人の心の再生も描かれます。裏庭・・・古びた洋館の大鏡が入り口。広がる世界は決して生やさしいものではなく、人の心の醜さや悲しさを思い知る世界。それでも生きて何かをつかもうとする人間の力強さを、主人公と一緒に強く感じることが出来ます。

 『からくりからくさ』は『りかさん』のその後のお話。(といっても、『りかさん』を知らなくても十分楽しめます。)植物を愛する方、染色・機織など手仕事が好きな方、ぜひご一読を。亡くなった祖母の家に住む主人公と3人の下宿人。4人は遠い過去でつながっていた。過去から現在へと連なり絡み合いながら伝えられる人々の思い。これらに正面から向き合う彼女達の心の揺れや、それでもなおしっかり受け止めてしなやかに前へ進もうとする姿がとても素敵。

 この中で一番早く書かれたのは『西の魔女が死んだ』です。このお話は後のものに比べると長編とは言いがたい。まだまだ書き足りないテーマだったのだと思います。自分の中に「大切なもの」を形作る事。周囲に流されず自己を保つ能力を磨く事。力強く生き抜く意志の尊さ。そうした自分を支えてくれるのは自然の力・リズム、そして心通う友人。以降の作品でより大きく展開しているように思います。

 梨木さんの作品は女性が主人公であることが多いようです。時に迷うことがあっても簡単に他者に頼らず、それゆえに傷ついても誰かにおもねる事はしない、出来ない。すべての作品を読破したわけではないのですが、たぶんどの作品も、すっかり心の問題を解決して終わってはいないと思います。光の道筋が見えたこところでおしまい。あまり華々しい希望に満ちた終わりではなくて、もっと淡々とした日常の中の光の暖かさ、みたいな終わり方。それがかえって、今を生きる読者を勇気付けてくれます。

 今、「魔法」大流行ですよね。どこの児童書出版社もこの手も読み物を競うように出しています。この現象をどこか私は素直に楽しめません。子ども時代に魔法にあこがれた事、確かにあります。でも、あまりマニアックに魔法の世界を作り上げてその中をただ冒険するのって・・・テレビゲーム世代が共鳴しやすいジャンルなのでしょう。では現実の世界は??どこかに置き捨てているみたい。もっと現実の世界で楽しいことを発見して欲しいし、発見したい。本を読みながら、自分の心を透かして見られるような物語を読みたい。

 そういう私の渇望を満たしてくれたのが、梨木果歩さんでした。たまたま買いやすかった文庫で3冊読みましたが、梨木さんの本は絶対単行本が似合う。今なら間に合う、単行本で読みそろえたいです。そう思わせる読み物に久々に出会いました。

 

2004年10月

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