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1. まえがき

 「ことばが遅いこどもをどう育てたらいいでしょうか」
 ことばの相談室に来られたお母さんに、よくきかれます。
 「早めにこどもの集団に入れてみて下さい。最初のうちは園でトラブルが起きるかもしれないけれど、ことばは増えますよ。困った時は一緒に考えていきましょう。」
 私はこう答えるようにしています。

 私が国立身体障害者リハビリテーションセンター聴能言語職員養成所に入学して、言語病理学と臨床を学び始めた時、長女の涼は四才になったところでした。
 涼は一才四ヶ月の時に脳血管障害のために左半身麻痺になり、ことばも遅かったのです。私には囲われた訓練室の中だけで、ことばが獲得されるとはどうしても思えませんでした。ことばはコミュニケーションの道具ですから、家族や周りの大人、こども達とかかわろうとする気持ちがふくらんで、一緒に生活していけば、自然にことばが涼の中に流れ込んでくると思っていました。それに、ことばの獲得は目的ではないのです。「障害」を持っていても、皆と一緒のところで育っていくことが、涼のこれからの人生にとって大切なことと考えていました。涼が三才の時、そんな考えに共感してくれる親と保育者を募って、共同保育所「にんじん」を始めました。こぢんまりとしたこども集団で一年半を過ごした後、さらに広い世界を求めて、涼は田無市立向台保育園の四才児クラスに入園しました。
 幸いなことに、保育園の担任とやりとりした連絡ノートが残っていました。田無市では涼が入園した年が、公立保育園における障害児保育の第一年目でした。四才児のクラス「たんぽぽ組」には涼の他に、カンちゃんという「障害」をもっている男の子が一緒に入園しましたので、担任が一人増えて、二人の保母さんU先生とT先生がおられました。私とつれあい、それに二人の担任の四人がこの記録を書いています。 
 養成所で言語の専門家として第一歩を踏み出した私と、涼の一年間について、保育園の記録をもとにふりかえってみました。

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