14. ことばが遅いこどもを育てる
養成所で学んだ言語病理学の知識は、海のように広がっていることばに切り込む手がかりを教えてくれましたが、私は直感的に涼の覚えやすい方法を採用してきました。なんでも経験させ、眼で見て触って、かかわらせることが基本でした。側にいる私は、できる限り、涼が経験したこと、感じたことを、涼にかわって、口にだして言うようにしました。
保育園生活は、新しい経験の連続でした。
入園してから、涼はまず二人の担任に親しみを感じました。たんぽぽ組のともだちに関心を示すようになったのは、二学期になってからでした。担任やこども達との関係がふかまっていくにつれて、新しいことばを獲得していきました。窮地に陥った時に考えたあげくにでてきた「Uせんせい、めーするからいい。おかあさんもって」や、楽しくてたまらないかくれんぼの時覚えた「もういいかい」「まあだだよ」などなど。それに行事の度に、新しいことばを覚えました。
私は養成所の授業で学んだことを日常にも取り入れました。涼と圭の誕生日に写真絵本を作ったのは、その一つでした。本人が登場する絵本は、嬉しくて印象深いものですし、皆に見てもらうことで、かかわりを深める役に立ちました。授業で、ことばが生まれ育っていく道どりを知るにつれて、私は涼の段階を見極めて、無理をせずに、ことばを教えるようになりました。
入園する前に私が考えていたように、ことばはこども達から涼にながれこんできました。けれども涼は、右側の脳血管が詰まって左半身麻痺になっただけではなく、ことばを覚えることも難しくなっていました。聞いたことばを、とっさにくり返すことが、極端に苦手でした。例えば「あり」はまねできても「すいか」はもう長くてまねできませんでした。私は、目の前にあるものの名前を一音づつ区切って言い、まねして言わせるようにしました。涼は一音をまねできても、単語として続けて言うことは、なかなかできませんでした。また、ぽつりぽつりと単語で伝えてくる涼のことばを、簡単な文にして聞かせました。涼がその時には言えなくても、貯金をしているつもりでくり返しました。
さらに、涼が新しいことばをつぶやいた時に、同じことばを意識的に、別の場面でも使えるようにしむけました。上にあげた例で言うと「から」を、くり返し使ってみることです。
「障害」をもっているこどもの母親である私が養成所の課程を終了できたのは、保育園が涼を受け入れて、一緒に育てることを実践して下さったお陰でした。一年たつと、担任とこども達は涼とのつきあい方を編み出し、私は安心して涼を託せるようになりました。保育園に子育ての足がかりを得て、私はその後、涼が小学校に上がる時も、隣近所のこどもと一緒に育てていく自信を持つことができました。
現在、私は嘱託医として、定期的にいくつかの市立保育園に出かけて行って、「障害児保育」の相談をしています。どんな「障害」をもっているこどもも、保育園側の受け入れてやっていこうという姿勢があれば、トラブルをのりこえて育っていきます。園内では他のこどもから分けて、特別な指導をする必要はありません。
ことばが遅いこどもがことばの相談室に来たら、私は原因によっては、薬や補聴器を処方します。また、相談室や家庭でことばの練習をさせます。専門家に費やす時間はなるべく少なくして、普通に育てましょうというアドバイスとともに。
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