4 「お受験のような」
毎月、二人の家庭を訪問して撮影を続けているうちに、三年が過ぎました。
「次の学生さんと交代する前に、一度、ゆっくり話がしたいんだけど」
なあちゃんのお母さんに言われました。初秋のある日、撮影が終わって、昼ご飯を御馳走になりました。学生達と私、なあちゃんとお姉ちゃんとお母さんが、畳の上のお膳を囲んで坐りました。大皿にたっぷりと盛り付けた中華風野菜料理が並んでいます。この時、なあちゃんはなすが大好きだと、初めて知りました。
「なあちゃんができないことをさせられて、嫌がって泣いていると『できなくってもいいんだよ』と思うんだけど、見ているのが辛いんですよ」
なあちゃんはお母さんの膝から、ちょっとでも離れるとすぐに泣いてしまって、最初の一年間は、テープの半分以上が泣き顔ということが、何度もありました。
「お受験のような撮影は、何の為にしているのかな、と疑問に思ってしまう」
なあちゃんの発達を追いかけることに熱心なあまり、もっと後になったら、簡単にできるとわかっていることを、私達はその何ヶ月も前から試し続けて来ました。お母さんとなあちゃんにとって苦痛なことが、実は、私達には発見をもたらしてくれました。ごめんね、なあちゃん。
色の名前もその一つです。自分のまわりにある物に名前があることに気づいたこどもは次々に、名称を覚えていきます。けれども、色の名のように抽象的なことばは、一段と難しいものです。
1才8ヶ月のなあちゃんに、それぞれ十個づつある赤と黄色の輪を、二本の棒に分けて集めてもらいました。なあちゃんは拙い手付きで、手近な棒に赤でも黄色でもお構いなしに挿していきます。するりと滑り込ませる感覚が楽しいようすです。
なあちゃんが間違うと学生は「ノー」とやり直しを求めます。なあちゃんは、一生懸命、学生の眼を見ますが、輪を手渡されても、毎回、自分では、どうしたらいいのか判らず、今にも泣き出しそうです。
その後間もなく、なあちゃんは赤と黄色の輪を分類することができるようになりました。でも、色の名前は覚えられません。こんなことが何回か続いた後、なあちゃんはてがかりを発見しました。赤はお姉ちゃん色、黄色はなあちゃん色、青はお母さん色、緑はお父さん色と、名付けたのです。それが色の名に変わっていくまで、ビデオカメラが追跡しました。誰が教えたのでもなく、なあちゃんは自分流の色の見分け方をあみ出したのです。
「どうなんでしょう」
お母さんの意志のこもった眼に押されて、私達も考え直す時期が来たのかなと思いました。言語臨床でも、同じことが起ります。「教えたい」「わからせたい」と、熱心に取り組んでも、こどもの方が、机から離れて別の事をしたがったり、そっぽを向いて嫌がることがあります。そんな時、課題が難しすぎないか、どうしたら「わかった!」とこどもが自分から気づいていけるのか、やり方を見直していく柔軟さを、身につけていきたいと思っています。
「げんごろう」のビデオを検討する夜の会に参加した学生達と話し合ってみました。出来ないことを出来るまで、段階を追って撮るやり方を改め、なあちゃんと、3才年上のお姉ちゃんと、学生が遊ぶ場面を撮影することにしました。
なあちゃんが成長し「げんごろう」に慣れてきたこともあるのでしょう。それからは、なあちゃんが泣いて嫌がる時間は殆どなくなり、お母さんが遊びに参加することも、回を重ねるごとに減っていきました。
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