3. ことばと眼
ことばが届けられるのは耳からですが、赤ちゃんは眼の力を最大限に使って、ことばをつかみ取ろうとしています。
赤ちゃんはしっかりお座りができるようになるまでは、だいたい仰向けに寝ています。この姿勢が、自由に手を前に伸ばしておもちゃを掴み、眼で確かめ、口にいれてしゃぶって、外の世界を確かめるチャンスを赤ちゃんに与えてくれます。
それに仰向けの姿勢は、大人と眼差しを合わせて、コミュニケーションをする時間を与えてくれます。
生後4ヶ月。揺りかごに寝ているしいちゃんに、学生はどうやって話しかけていいかわからず、おっかなびっくり、その顔をのぞきこみました。視線が合うと、しいちゃんの方から笑いかけてきました。嬉しくなった学生は、とっさにしいちゃんの手足をバタバタさせる動きに「イチ、ニ、イチ、ニ」と言いながら、自分の手を振るリズムを合わせました。
「イチ、ニ、イチ、ニ」
二人は、お互いに見つめあいながら、その体操を続けました。周りで見ていた私達も、つい、ひきこまれてかけ声をかけました。
7ヶ月を過ぎたなあちゃんは、じょうずにお坐りしています。なあちゃんに学生が黄色い帽子を差し出します。なあちゃんは帽子と、それを手にしている学生の眼を代わるがわる見ました。
「これは何?」
「どうやって使うの?」
何度も、何度も、眼できいています。頭に被せてあげると、すぐに両手でとって、口に持っていきました。なあちゃんは眼ばかりではなく、口で帽子の味や感触を味わっています。帽子の味ってどんなかな。
おもちゃの赤い電話についている白い受話器でも、太鼓のバチでも、同じように口に持っていきます。そんな間は、一つ一つの物の違いがはっきりとは分かっていないようです。
2カ月経ったら、なあちゃんは手渡された帽子を両手で頭の上に高く持ちあげ、すっぽりと頭に被りました。思わず、まきおこる皆の拍手。なあちゃんには帽子は、頭に被るものだってことがわかったんですね。もう、以前ほど、学生の眼を見ることはありません。黄色い帽子そのものと「ぼうし」という声になったことばとの間の距離が、ぐっと近づいてきました。
ことばを話すのが遅い自閉症のこどもは、相手と視線を合わせることが苦手です。眼を覗き込んでも、こちらの眼を見ないで遠くを見ます。どうして見ないのかは未だに謎のままですが、こっちを向かせてことばに気づかせようと、言語聴覚士は様々な努力をしています。「げんごろう」で二人の様子を細かに知るにつれて、ことばの遅いこどもたちがどこでつまずいているのか、私達は深く捉えかえすようになりました。
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