
みなさん、はじめまして!
今回は、静岡県焼津市、駅を降りるとかつお節を茹でる匂いが漂ってくる町からお便りします。なんで焼津から?と思われる方も多いでしょうね。ですからちょっと、自己紹介をさせていただきます。
このお便りの大ファンであり、ネズミ講のようにカブファンを従える私が、最初にこの便りを手に入れることができたのは、梅村浄先生と言語学校(ST養成校)時代の同級生だったからです。もう十年以上前に遡りますが、初めての同窓会を開くことになり、先生にお電話でお誘いし、それで同窓会で再会。たぶん15年ぶりだったような気がします。実は、同級生は同級生でしたが、先生は立派なお医者さんで、しかも目的を持って、学びに来ていた方。私といったら全く逆で、大学出たてのピーピー、何も知らずに超能力を学ぶ学校と思って入ってしまった学生でした。ですから当然、恐れ多くて、学生時代は梅村先生とお話したのは数回でした。ところが、同窓会の席で楽しいお話や臨床論で意気投合し、「浄先生は怖くなかった!」と。以来、何かにつけてはご相談申しており、診療所の勉強会にも参加して、全体構造法による訓練の症例報告をさせていただきました。
さて、私が勤務する焼津市立総合病院も地方の公立病院。このご時世、ご多分に洩れず、病院の生き残りを掛けて必死です。言語訓練よりも、経営改善やら研修医確保に駆り出されることに時間を費やされることが多い昨今ですが、それでも「言語室」は元気です。正式名称はリハビリテーション技術科言語聴覚療法係です。現在、ST5名(1名育児休業中)で0歳から100歳までの患者さんが入院外来を問わず、いわゆる発達障害全般、難聴、構音障害(口唇口蓋裂を含む)、失語症、高次脳機能障害(記憶、集中、注意、発動性などの人間の脳の様々な機能が脳の病気や事故で障害される)老人性難聴、吃音(吃り)、そして摂食嚥下障害(老化や脳障害で口から食べることができなくなる)等々のなんでも屋です。でもこのなんでも屋のお陰で、様々な患者さんから学ばせていただいています。大人も子供もどんな障害も同じで、脳がどのように発達しているか、あるいはどのように障害しているかを目の前にいる患者さんの状態から学び、人間の正常な状態(脳の構造化がされた状態)と照らし合わせて、発達や再び崩れてしまった脳機能の構造化を図るために、患者さんを支援していくことができるからです。
今、入院しているAちゃん5歳は、重度の脳性小児まひです。2歳7ヶ月の時から、発達の経過と摂食嚥下訓練の支援を行っています。今回は体重減少が著しく、肺炎を起こして入院されました。舌の動きが悪く、嚥下障害の状態は口腔障害がありながらも嚥下反射は良好で、姿勢と食事形態を考慮すれば食べてられていました。しかし、最近はムセが多く、寝ていることが多い状態だったということでした。そこで、主治医は栄養確保のために、鼻から管を入れる経管栄養を試みたものの、逆に痰の量が多くなり、経口摂取はどうかと訓練依頼が出ました。嚥下評価で咽頭残留(喉に溜まっている)が著しく、嚥下反射(ごっくんと飲み込む力)弱い状態でした。また、気道に唾液や食べ物が侵入しても吐き出す力が弱く、誤嚥を起こすリスクが高い、まるで、高齢者の嚥下障害のような状態でした。経口摂取は厳しく、先ずは細い管で経管栄養で全身の体力をつけてもらい、嚥下訓練を並行して行っていくことにしました。凍らせた太い綿棒を用いて刺激したり、ジュースを浸みこませて吸う練習をすると自分の力でぺちゃぺちゃと口を良く、動かすようになり、取ると泣いて怒るほど、意識が上がってきました。そこで、スプーンであげてみましたが、残念、むせそうです。それでは、哺乳びんで吸って飲んでもらうのはどうかと思い試すと、良く吸ってくれます。「うーん、うーん」と声を出してご機嫌で、20ccも飲めました。この調子なら、注入している「エンシュアリキッド」という流動食を哺乳びんに飲めるのではないかとチャレンジしてみると成功。この調子で口から飲むことを進めようとした矢先、てんかん発作と熱発し、一時、口から飲むことをお休み。一度体力が落ちると一進一退の状態となってしまいますが、訓練は行っています。今は、医療連携室のケースワーカー、市の要支援児連絡システム(児童相談所、福祉課、通園施設、保健センター、教育委員会、病院)も入って今後の支援体制の模索も始まりました。
こんなお子さんにもお会いました。極小未熟児のBちゃんは肺の発達が遅く、保育器から出るのに6ヶ月間と時間が掛かりましたが、やっと出てきました。でもおっぱいを飲んでくれません。経管栄養から卒業してもらうために嚥下訓練の依頼が出ました。酸素濃度を見ながら、どのように訓練するか?・・・Bちゃんを観察すると、なんと、チュウチュウと自分の肌着や、バスタオルをつかんで吸っているのです。吸引や挿管で口の中に嫌なことばかりされたBちゃんでしたが自分の持つ本能を消されずに発達していました。そこで、ガーゼに搾乳したおっぱいを湿らせて吸わせると、案の定、チュウチュウし始めました。NICUの看護師さんたちも感動です。それがスタートで、スプーン1さじ・・・、哺乳ビン10cc・・・、50cc、100cc、・・・そして離乳食を食べてもらうまでになりました。1年近く母子入院していたBちゃんも在宅酸素で退院しましたがもう3歳になります。すでに酸素は夜だけとなり、そろそろ幼稚園に入園します。
あれあれ、あっという間の2,500字です。梅村先生との馴れ初めの話が長過ぎたようです。今日もまた、「支援学級に行くように言われた」「今度学校だけど園からADHDではないかと言われた」「中学1年、小さい時から吃っていたけど全く話せなくなった」と新患が訪れています。また、いつか、当院のちょっと変わった取り組み≪プレママ教室やおいしいプロジェクトなど≫のお話をする機会がありましたら、ぺらぺらと続きをお伝えしましょう。それにわが町焼津の美味しい物と美味しい処をお伝えしたいですね〜。