こども診療所だより 復刊第13号2003年12月10日

介助員のいる学校生活

昨年6月、西東京市では、通常学級に通う障害をもつこどものための介助者制度が実施されました。現在、数十人の障害をもつこどもが、この制度を利用しています。1月6日土曜日の午後、こどもが介助員制度を利用しているお母さん方があつまって、おしゃべり会を開きました。

参加者の自己紹介から

春風さん/ 小学校5年生の息子は自閉症。入学のとき校長から付き添いを要求され、4年2学期に学級経営補助員が配置されるまで、一部、友人のボランテイアに支えられつつ主に母が終日介助をしてきた。5年の現在は、月火水金は区の補助員が1時まで介助、残りの時間はすべて担任が一人でみている。この他、入学当初より移動等介助員制度の介助費の支給をうけボランテイアに払った。練馬区在住。(注2)

すみれさん/ 3年生の息子が、1年のとき教室からでてしまうことがあった。親がボランテイアセンターで人をさがして一部の時間につけた。母は仕事の合間をぬって時々見に行った。2年生の時は、週2日ボランテイアが入り、親は全く行かなかった。3年になり、介助員制度ができて配置されたが、先生と話し合って、先生が学校に親の気持ちを伝えて、介助員は全くつけないようにした。その理由は、介助員がついていると、学校がこどものことを考えてくれないと感じたから。西東京市在住。

れんげさん/ 3年生のこどもに、教室から出て行くなど安全面で心配があるため、全時間介助員がついている。親が介助に入ったことはない。入学時に介助が必要であるのに制度がないなら、学校が募集してほしいと要望して、学校がボランテイアセンターや大学に協力をよびかけた。1−2年のときは、ボランテイア、学生ほか、知人、ヘルパーなどが介助した。3年生になって制度ができたが、全時間必要なところ、半分しか保障しない。西東京市在住。

菜の花さん/ 6年生の娘が、重度の聴覚障害をもつ。介助のニーズは、先生やこども達が話したことばを手話やノートテイクで通訳してもらう、情報の保障。学年があがるとともに、授業だけでなく、宿題や連絡事項などの情報もぬけおちるようになり、親がボランテイアをさがしたり、友人に頼んだりして、少しずつ手話通訳やノートテイクの介助者をつけてきた。また、親がクラスのこどもが参加できる手話サークルをつくって活動した。6年生になり制度ができた。申請時に聴覚障害は対象外といわれ驚いたが、話し合いをもち介助員の配置が認められた。西東京市在住。

介助員制度を利用してみて、どんな感想をもっているか、制度そのものについての、意見をうかがってみました。

聴覚障害は対象外?

菜の花さん/ 制度ができる前の審議会では、障害の種類にかかわらず、ニーズにあわせて、必要な配慮はうけられるときいていた。ところが、申請間際になって、担当窓口で、対象は、1)移動困難と2)安全の確保の配慮が必要な場合で、聴覚障害は対象外といわれた。いろいろ相談して、学務課で話し合いをもったり、要望書を教育長と学務課長に提出することができた。(注1)
 最初話し合いにいったとき、情報保障の介助員がつけば、みんなと一緒に勉強ができるようになる、伸びるというと、家庭教師みたいなものをつけてどうする、他の子に対して不公平と言われた。そこで情報保障の意義から説明し、聴覚障害のこどもに情報保障のサポートが必要であることを訴えた。市は学校にも状況を見に行ったようだ。結果は、3)のその他の場合で、ニーズの一部だが(年間50日)、聴覚障害のこどもにも配置が認められた。近隣の市の状況などをみても、聴覚障害の情報保障は、公的介助の対象になっていないところが多いようだ。

公的保障は介助ニーズの半分だけ・・・

介助は本当は親の責任!?

菜の花さん/ 制度では、学校の通学日年間200日のうち、上限100日まで介助員が配置される。娘の場合は、さらにその半分の50日相当しかない。一日6時間x50日で年間300時間。実際には、時間を分けて使えるので、本人の希望が強い科目を中心に通訳やノートテイカーを配置。まわりの子が通訳してくれることもある。介助員にできるだけ無償のボランテイアをお願いする。それでも、二学期は、11月で有償分を使い果たした。現状では、1日2時間程度で、こどものほんとうのニーズに対しては、全然足りない。コーデイネイトは、保護者がやり、介助者はもともとボランテイアでやっていた人を中心に登録してもらった。

れんげさん/ 全時間介助が必要だが制度が半分しか保障しないので、残りは、介助員が無償で協力してくれるが、それでも足りない。制度内で介助員がやめても、市が補助してくれず、困っている。介助員の公募は制度開始前に一回のみ。市に再公募を申し入れてきた。みんな必要な時間数を半分だけ保証するという制度なので、残り半分の介助を、親に義務づけるような発言をする学校や行政の人もいて、学校までずっと親に介助されたり、親の特別な努力なくしては学校に行けない状態に追い込まれる子どももいる。介助の必要を認めて市が取り組んでいるのだから、「少し助けてあげる」ということでなく、「誰もが一緒の生活することを社会が保証していく」という制度になってほしいし、学校は制度運用を含めて、ハンデイのあるこどもの学校生活にきちんと取り組んでほしい。

春風さん/ 移動等介助員制度には、その目的に親の付き添いの負担を軽減する目的で設置された制度と書いてある。練馬区のこの制度にもランクがあり、介助ニーズの高さと配置時間数が逆の関係になっている。適正就学の原則を尊重するために、適正なほど、配置時間が長く、40日分保障されている。適正就学で入学していない子は年間20日しか保障されない。

西東京市の介助員制度には、「障害をもつこどもが安定した学校生活をおくることを目的とし、介助員を配置する」とあります。介助員がつくと学校生活はどうかわるのでしょう

介助員のいる学校生活

身体障害をもつこどもの場合・・・

梅村先生/ 私のこどもが肢体不自由なので一言。西東京市の制度ではないが、都立高校のとき、行政と高校の間で、申請のやりとりがなされて、それで、自動的に、高校の免許をもっている先生が、非常勤講師として入っていた。彼女は、片手が不自由なので、体育の時間、理科の実験、家庭科の裁縫とか、料理のときについていた。修学旅行のとき、講師の先生は、活動に制限があり、学校外の活動については、ついていけないので、結局旅行に行くレギュラーの先生が、一人ふやされて、親はついていかずに、修学旅行に行くことができた。学校が必要と考える時間数について、学校側が配置してきた。この制度は、現在まで十数年にわたって使われている。

クラスの一人のこどもとして・・・

先生と学校にもとめるもの

すみれさん/ 学校が一番言うのは安全面。何かあったら、学校も大変だけどお母さんも困るでしょと。介助員をつけると、担任の先生があまりにも介助員任せにしてしまう。親の目からみると、先生が完全にこどもに対する責任を放棄しているように見えた。うちの子は、介助員を遊び相手と思ってしまい、追いかけっこのようになっていた。それを先生が放置するから、そのうち、介助員がいないときも、教室から出てしまうようになった。介助員がいないときに、友だち同士でトラブルになったが、相手の子の話を重視して、うちに子に対しては頭ごなしに叱る日々だった。その結果、ほかの先生が話しかけても怒られると思って、逃げてしまう。それが日常的になって、私が学校に行ってみると、一人でグランドで遊んでいた。先生は授業中。親には、授業がすすまないから、全体を見なくてはならないから探せないという。この子も一人のこどもだから、クラス全体の中の一人としてみてくださいとお願いした。クラスの中でやっていくために、役割を分担するため、先生にこどもとの接し方を考えてもらうため介助員をつけたのだからと。
 また1年の音楽の授業で、鍵盤ハーモニカのとき、みんなとあわせられなくて、どんどん先にいく。たまたま様子をみにいっていた私が横について教えてみると、みんなに合わせて練習できた。そのとき、うれしそうに達成感をあじわった顔だった。母もうれしかった。でも、その後、ボランテイアさんやこども達にきくと、授業がはじまったとたん、先生は、こどもに鍵盤ハーモニカを持たせてボランテイアと一緒に教育相談室にいくように、指導していた。
 それで、校長先生と話をした。せっかく、介助員がついているのだから、母親が介助した時の様子を話し、一緒にやるよう指示してほしい。みんなとうまく合わせられないから、介助者をつけてあるのに、どうして別室にいかせたのかと聞いた。教室から出て、ほかのところにいくから、安全面で危ないからと人をつけて、別の場所で一人で遊んでいればいいという結果になるのではと話した。うちの学校では、ボランテイアと担任が話し合うのではなく、学校長が直接ボランテイアに指示するようになった。この子は安全面だけみればいいということでは、授業や学校生活はどうなるのか。私は結局、今の3年生の担任に介助員をはずしたいと申し入れた。

菜の花さん/ この子は情報保障の配慮があれば、やっていけると担任の先生にわかってもらいたくて、ボランテイアをお願いした。でも、現実には、逆になってしまう先生がいた。介助員がいないと、この子のところにいって、ちゃんとわかっているのかなと、チェックしてくれる。でも、介助員がいると、ペラペラ話すばかりで、いるから全部伝わっているだろうというふうになる。うちの場合は中途半端で、介助員がいる時間だけでなく、いない時間も同じようになってしまった。

れんげさん/ 学校の先生が、介助員がついていようが、いまいが、自分のクラスのこどもだと思っていれば、必ずその子を含めて考えているから、別に障害があってもなくても配慮が必要な子には、必要な対応をしていけばいい。その制度があることによって、介助員がいて、はじめてそこにいていい子になると先生が思うことがすごく問題だ。

すみれさん/ 介助員の配置時間を減らしてくださいというと、この子は一人では無理だと言ったり、自分は助かっている、と聞いてくれない先生もいた。でも、3年生の先生はわかってくれた。こどもの特徴を理解しながら、この子は話すだけでなく、やってみせることが必要だとか、先生自身が学ばれて、なんとか、怒って指導したり、まわりのこどもたちにもこの子は、決して悪気ではないんだと、ちゃんと説明をしてくれたりした。興味のある授業では落ちつける面もあった。おかげで、今はなんとか、教室に45分いられるようになった。先生が、こどものことをどう思っているのか、これが一番大事と感じた。先生も、学校全体も驚くほどに、はやくこどもが良い方向に変化した。今はまわりの先生方が話しかけても、返事ができるようになり、悪かったら自分からちゃんと悪いといえるようになって、なんとか、ほっとする状態になった。

 参加者の関心は、介助者がついている、いないにかかわらず、学校や先生が、障害をもつこどもをクラスの一員とうけとめ、その子を含んだ学級運営をしてほしいという点にに集中していました。しかし、実際には、介助員まかせになる例、介助員と二人で別室指導になる例など厳しい報告もありました。また、制度実施後に、本人や保護者が、介助員配置を希望しない場合、またなんらかの事情で介助員が手配できない場合に、学校から「介助員がつかないから、登校しないでほしい」といわれたという例が複数報告されました。
 介助者の配置、介助内容について、当事者、保護者の意向がどのように反映されるかが、大きなテーマです。では、介助員には、保護者はどんなことを求めているのか、ききました。

みんなの中で一緒に学校生活をおくれるためのサポートを・・・

介助員に求めるもの

・移動介助、姿勢の保持、食事、着替え、トイレ介助ほか、必要な生活介助
安全確保のための配慮、見守りなど。
情報の保証(ノートテイク、通訳ほか)
その他、みんなと一緒に学校生活をおくれるように、必要な支援をしてほしい。

・その子の介助ニーズ(障害があるためにできないこと)にそって、必要な時に必要なだけ介助を受けることが理想。先生や、こども達との直接のかかわりをなるだけ損なわないでほしい。

・知的障害の子はまわりのこどもたちとコミュニケーションがとりにくい子が多い。その子だけの介助ではなく、まわりの子ともコミュニケーションをとり、仲良くなってもらいたい。みんなで集まって何かをするとき、肩をポンと押してくれて、他の子ども達には「一緒に入れて」といってくれるような介助員であってほしい。

・勉強については、先生が講義しているときは、本人なりに、きいているから、机の上には教科書とノートだけにするようにとお願いしている。みんながドリル、作文など作業をする時間には、できることをやらせてもらって構わない。それは、今こども達もやっている授業に関連するものであって、ある程度、介助員が手伝うことによって、達成感を味合うことがきるところまで工夫してくれることも介助員の役目。

・別室での学習は希望しない。同じ場所で一緒にやっていくための学習のサポートは希望する。

・介助員を集めて、研修や、介助員相互の交流も必要。

・介助をつけるかどうか、つける場合の介助内容について、保護者の意見を聞いてほしい。

・担任がどういうふうな介助をしてほしいかを話し、介助員が感じたことも話し、担任と介助員二人で話し合って、こどもに合うことはなにか考えてやっていってほしい。

・介助員の雇用も立場も不安定で危うい。

・介助員が制度的に、教師と対等にものが言えるようになってほしい。

・資格をもっていている介助員は、先生と対等に話ができるのではないかと思う。

・保育園の加配の先生は、みんなと一緒にやるためにいるということについて、全く迷いはない。別室でピアニカを教えようとは思わない。みんなと一緒にやるためのサポート、それだけを思ってくれれば、資格はなくていい。

・保育園のときには、加配の先生がついて、みんなのなかでみながら、その子の状態にあわせて自然体で配慮できていた。副担任のような形がよいかもしれない。

学力重視が進む学校生活、その中での子ども関係を考えるとき、介助のあり方はどうあってほしいか、議論はさらに深まりました。

厳しい教育環境の中での介助者制度

菜の花さん/ 5年生くらいになると、学校中が勉強中心になる。受験する親だけでなく、中学が近くなると、担任に勉強がうまくすすむことを求めたり、授業の妨げになるこどものことなどについて文句をいう保護者が増える。先生の注意がうちの娘にたくさん向いて、自分のこどもがみてもらえなくなるとうい声が、耳に入ってきた。

春風さん/ 知的障害の子は、ここにいても時間の無駄とはっきりいわれる。時間がもったいない、もっと彼の自立のためにすべきことがあるでしょうといってくる。私は、点数にならない実力はついていますと言っている。4年生の頃、担任が「○○くんがうるさくて、勉強ができないといってくる子どもがいます」「○○くんのそばだと安心して給食が食べられないんだけどと言ってくるこどもがいます」「どうされすか?」と担任に言われる。担任はなにも考えず、問題は全部親に丸投げ。障害のあるなしに関わらず、こどもは、みんな迷惑かけているんだけど、障害児が迷惑をかけることは大変なことで、学校側には解決できないように思われている。先生が解決できないときも、いつも子どもたちのまわりにいる介助員がいるだけで、緊迫した状況の緩和に役立つところもある。問題は介助員が入ってからのやり方。

れんげさん/ どうしても大人(介助員)がいれば、子ども同士や担任の先生の関わりは減る。車いすの子どもの場合、介助員がいないと、まわりの子どもや、先生が押したりする。周囲の人に自分のできないことを助けてもらうよう頼むこともその子の生きていく力になるという面もあると思うが、本人がいつもお願いしなくてはいけないとすると、どうだろう? ハンディの部分をいつも、お願いしていかねばならないのかという考えもあるがどうか。

春風さん/ こども達を育てなくてはと思う。大きくなったとき、車いすを押すべきときがわかったり、押してほしいといわれて、受け入れて押せるような子がきっと育つと思う。介助員の立場が確立され、副担任のようであれば、もっとまわりの子もみれるし、ちょっと託せる子もわかってくるだろうし。

菜の花さん/ 今、5−6年生になって、力がついてきたこどもに先生が、娘の通訳を託せると思って、介助員がいないときに、頼むということがおこっている。仲良しのこどもが頼まれ過ぎて、ストレスになっているとその子の母からきいた。仲がよかったので、きくことができてよかった。こどもが自主的に希望してやってくれるのはいいが、大人の側の都合で、先生が託すというやり方には賛成できない。
 車いすの子が押してもらうたびにありがとうといわなくてはならない立場は対等ではない。同級生なのに、いつも教えられてありがとうと聴こえない子がいう関係は対等といえるか。いつもお願いしなくてはいけない心の負担もある。介助者や通訳者がきちんと保障されていて、はじめて他のこども達と対等になると思う。

春風さん/ 介助者が要る、要らないも含めて、全て障害の種類やその子のニーズによる。やってみないとわからないところもある。

山田先生/ 大阪は、学校に受け入れるだけではだめで、障害児も学力保障しなくてはならないという考え方のところ。大阪の豊中市の場合、障害児学級に籍はそのままおいて、先生がつくから、クラスには先生が二人いて、副担任制にする方法をとっていた。こどもは、特殊学級籍と普通学級籍と二重籍だった。先生のつき方はいろいろあって、こどもの横について他の子と違うドリルをやる先生もいたし、ほとんど横につかずに、担任に協力していた人もいた。いろいろ悩んでやってみて、なるべく横にべったりくっつくのは、やめる方向でやってきた。豊中が今いわれるインクルージョン教育に近い形だと思うが、最近は行政が二重籍を容認しなくなってきている。
 もうひとつ医療との連携で問題をいうと、呼吸器をつけている人が学校へいくようになって、中国地方(岡山、広島、大阪、兵庫)の人たちが中心になって、普通学級にいれてがんばってきた。彼らは専門家はいらないという発想で、医療ケア、呼吸器をつけている子の世話は、先生でもこどもでも、誰でもできるといっている。現に家庭では兄弟がやっているのだからと。でも、学校としては、医療的行為だから、専門家をつけるが看護師をつけるには、足りないから養護学校へという。養護学校の先生なら4つくらいの行為はやっていいことになった。大阪は、看護師が指導して、みんなでやるということを実践しているが、東京ほか、大阪以外の地域では、専門家をつけてもらわないと困るという主張をしている。

 なによりも、障害をもつこどもたちが、クラスのみんなの中に受け入れられ、認められ、学校生活に参加していってほしいという保護者のおもいが、全体を通して熱く話されたと思います。介助員は、障害のためにできないことをサポートし、障害をもつこども達の学校生活への参加をひろげるために、動いてほしい。学校や先生方は、介助がついているいないにかかわらず、その子を含めた学級運営を行い、介助員と協力しあって、そのこどもに必要なサポートをしてほしいという願いです。
 身体障害に対する生活介助や情報保障は、介助のニーズも特定しやすく、介助方法もわかりやすい。一方では、知的障害などその他の障害の介助のニーズは、理解されにくく、介助の方法もまた一致しにくい場合も多い。介助員がこどもの立場に沿い、その子がクラスの一員として参加を拡大する方向で、サポートできるかどうかにかかっています。また、介助員をつけるつけないの判断や介助のあり方は一方的に決められるのではなく、保護者の意見や要望も尊重して、決められなければなりません。
 介助員がつくことにより、その子と先生方やこども達との直接の関わりが減るという指摘がありました。しかしそれでも、介助員がそのこどもにつく形で介助が保障されてはじめて、他のこども達と対等な関係がもてるという考え方と、副担任のようにクラス全体の運営の中で、こども達の育ち合いにも期待しつつ、その子のニーズを満たしていくという考え方が示されました。そのこどもの障害のタイプ、介助のニーズ、その子のおかれている場や状況の要請などを考慮して、そのこどもの参加が最も広がる方向で、決まっていってほしいと思います。

おわりに・・・ここにいるのがあたりまえ

春風さん/ 私は、障害と名のつく人に初めてあったのは、わが息子だったので、最初はとまどうことばかり、大変だった。まわりの人たちの無理解、偏見に毎日、のたうちまわって生きてきた、初めて、梅村先生に会った頃は、明日は一緒に死のうと思うくらい辛い思いをしていた。それでも生きていけるものです。今は、1年から6年までのこどもたちが、息子のことをよく知っていて、どこで出会っても、「こんにちは」といってきてくれる。息子のことを嫌う子もいるかもしれないけど、そのなかで「○○くん大好き」といってくれる子もいる。こういう子がいることを知ってもらうだけでも、心の豊かさはずいぶんちがってくる。最近は、母も強く、たくましく、元気になった。こども達はうちに遊びにくると、息子のベッドで、くっつき、もっつき、わいわい遊んでいる。あの子たちは、普通ではちょっと理解しがたい特性をもった子と、何の気負いもなく、付き合っている。周りの子に声をかけられると素直に応じているのを垣間みると、何の問題もないよ、ここにいるのが、あたりまえと、思う。

(まとめ 森田)

注1:西東京市の介助員制度について

・目的:小学校通常学級に在籍する障害児の学校生活の安定を図ることを目的に介助員を配置。

・対象:(1)移動が困難な場合、(2)安全配慮が必要な場合、(3)その他教育長が必要と認めた場合

・配置時間:年間100日上限とし(1日6時間)介助の必要の50%を公的に配置する。

・配置内容:通常の授業、体育などの水泳指導、運動会、学芸会等の行事、宿泊を伴わない郊外活動。

・介助員時給:1060円

注2:練馬区の介助員制度について

<学級経営補助員>

・目的:学校長から派遣申請のあった小中学校に、学級経営補助員を配置し指導体制の充実を図る。

・派遣時間:週27時間以内

・補助員報酬:時給1000円

<移動等介助員>

・目的:小中学校通常学級に在籍する障害児の保護者の負担を軽減し、学校生活の安定を図るため移動等介助員を配置

・対象:(1)移動が困難な場合、(2)身辺自立が困難な場合、(3)安全配慮が必要な場合、その他。

・配置時間:上限年間30日(1日小学校6時間、中学校7時間)

・配置内容:通常授業、行事、日帰りの郊外授業

・介助報償費:時給930円

障害をもつこどもの学校生活を考えるシンポジウム

日時:5月13日(日曜日) 午後1時半〜
於 西東京市役所田無庁舎2F 市民会議室(西武新宿線田無駅南口2分)

I部 講演 「障害者権利条約とインクルーシブ教育」
講師 大谷 恭子(弁護士)
II部 討論会 「障害をもつこどもの学校生活」
大谷恭子(弁護士) 山田真(小児科医) 保護者 会場参加者

主催:障害をもつこどもの学校生活を考える会

★地域の保護者の方々が中心になって、企画・運営しています。こども達が、地域の学校で、ともに学び、育ち合うために、どんなことが必要か考えていきます。ぜひ、おいでください。


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