春の病気 手足口病
今回は春にはやる病気についてお話しすることにしました。といっても春には「夏のプール熱」や「冬のインフルエンザ」のように季節を代表する病気があるわけではありません。
ぼくが医者になったのはもう30年以上前のことですが、そのころは例えば、春には“麻疹”がはやるというようなことがありました。
「病原ウイルス学」(金芳堂刊)という本にも麻疹(一般には“はしか”と呼ばれます。)の項に「温帯地域では春に流行し、秋にはほとんど患者が発生しない」と書いてあります。
しかし、予防接種が行き渡り、麻疹の発生が激減した今、ぼくが麻疹のこどもを見るのも1年に1人か2人という状態ですから、とても季節性を云々することなどできません。
おたふくかぜも昔は春に多い病気でした。しかし最近はどの季節にも見られます。というわけで、春に多い病気というと花粉症が頭に浮かぶくらいです。しかし、花粉症はこどもには少ないので、ここで取り上げるのにはあまり適当ではありません。
こどもに多い病気で春にはやるものはないかなぁと思いめぐらしていたら、手足口病がありました。
この病気は晩春から夏にかけてはやることが多いのです。軽くてありふれた病気ではありますが、少しこの病気についてお話ししてみましょう。
手足口病はぼくが医者になった頃に出現した歴史の新しい病気です。
この病気についても、「病原ウイルス学」にあたって調べてみると、「1957年にカナダのトロントで発疹と口内炎を伴う熱性疾患が流行した。1959年にはイギリスのバーミンガムで手・足・口に発疹のできる病気が流行した。その後、流行は世界的に見られ、日本では1963年に初めてこの病気の発生が報告され、1967年、1969〜70年に全国的に流行が見られた。」というふうに書かれています。最初にトロントで流行したときには、ぼくはまだ高校生でしたが、日本で初めて発生した1963年は大学の2年生、そして、日本で最初の流行があった1967年は、ぴったりぼくが医者になった年に一致するのです。
初めてこの病気の患者さんを見た時、「ああこれが手足口病か」と少し感激したのを覚えています。はじめて見る病気に出合った時、多くの医者はいくらか感動するのではないでしょうか。(ちがうかな。)
手足口病という病気がはやっているという話をはじめて聞いた時、手足口病という名前はふざけていると思いました。手と足と口に発疹ができるからといって手足口病とはあまりにストレート、なんの工夫もないわけでこんな病名をつけていたら医学の権威が落ちてしまうのではないかとそんなふうにも思ったわけです。(当時はまだ「医学の権威」などというものを信奉するうぶな医者でした。)
ところがこの病名は英語の直訳で英語ではHand-Foot-Mouth Diseaseというのです。Diseaseは病気という意味ですから正に手足口病です。安易な名前を命名したのはイギリスの人でした。手足口病では実もふたもないのでHFM症候群などと呼ぶこともあります。これだとちょっとカッコいいけど、なぁにHand.Foot.Mouthの頭文字をとってHFMと言っただけの話です。ともあれ、この病気は最近は特に大流行をすることもなく、散発的に1年中見られるようで、もう晩春〜夏という季節性もあまりはっきりしなくなっているようです。
病気の症状をおはなししましょう。0〜10歳までのこどもがかかるのがほとんどですが、まれには大人でも見られます。最初は腹痛・下痢・食欲不振などの胃腸症状ではじまることが多いといわれていますが、これらの症状は軽くて目だちません。手のひら、足のうらなどに発疹ができ、口の中には口内炎もできます。
手のひらの発疹は小さな豆を手のひらにうめこんだような形に見えます。
これはよく見ると小さな水疱です。この他に足背、膝の関節の部分などにブツブツした発疹ができることがあります。
発疹はかゆみなどを伴いませんが「歩く時足の裏がチクチクする」などということもあります。多少、はな水やせきを伴うことがあり熱も出ることがあります。発熱の期間は1〜2日ですがかなり高熱になることもあります。
原因になるのはウイルスですが、コクサッキーウイルスA16型、エンテロウイルス71型など数種類が手足口病を起こすといわれています。ですから手足口病にはなん度もかかることもあるのです。
エンテロウイルス71型で起る手足口病は髄膜炎を起こしやすいと云われますが、ぼく自身は手足口病から重い髄膜炎になったこどもを見たことはありませんから心配しなくてもよいと思います。
手足口病の感染経路は経口感染であることが特徴です。コクサッキーウイルスA16型もエンテロウイルス71型も手から口に入り腸で増殖し、血中に入って手、足、口の粘膜などに行きそこで病気を起します。血中に入らなかったものは、便の中に出てきます。こどもがおしりにさわった手で周りのものにふれればそこにウイルスがくっつき他の人がそれにさわればうつります。ですからウイルスが便の中に出ている期間は他の人にうつす可能性をもっています。
ところが、うつす期間が長いのです。手足口病にかかってから1カ月くらいはウイルスは腸の中に残っていてウイルスが便に排泄され続けます。そこでもし、手足口病の子どもを他の子どもにうつさなくなるまで休ませるということにすると、一ヶ月も休ませなくてはいけません。保育園はもちろん、幼稚園、学校でも手足口病の子どもを一ヶ月も休ませることはできないでしょう。それに、コクサッキーウイルスA16型、エンテロウイルス71型に感染しても無症状のまま終わる子どももかなり沢山いることがわかっていて、そういう子どもはノーチェックで登園、登校するわけです。
ですから、手足口病の場合、かかっている子どもを一週間程度休ませてみても、流行をおさえる効果はないと云えます。小児科学会でもずいぶん前に、手足口病で登園、登校停止にする必要はないという見解を発表していますが、それは、上記のような理由によるのです。
熱などがなく、元気なら、発疹がでていても、登園、登校してかまわないということです。
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