子育てで孤立しないために
大島則子・加藤知美
子育て中に陥る孤独には共通点があるようです。いつ頃、どんな理由で、どうして陥るのでしょうか?
母親の陥る孤立には「家庭での孤立」と「社会からの孤立」があります。家庭で夫との間に産み共に育んでいく筈の子どもなのに、なぜ妻は孤独なのか? どうすれば、この孤立からはい出せるのか?
地域、社会からの孤立は、妻にもあるし、夫にもある。子どもと向き合っただけの密室に閉じ籠って社会から隔絶されてしまう妻、会社中心の夫は地域に居場所がない。そんななかで地域に友達をみつけよう、子育てにつなげようとしている、お父さん達の動きもチラホラ見えてきました。
そんなおしゃべりの様子を前ページの図式のなかに読み取って下さい。
後日、伝わってきた話によると、「男って、コドモだね」「そんな男たちも参加してこない限り、この場は、どういう時に父性にスイッチが入ったかを語るところまでが限界だね」と夫婦で再確認した人たちもいれば、「あんな会はいつも出席しなくても、家で子どもと過ごした方がいいんじゃないの」と感想を述べた夫もあったらしい。ふきだしの中のつぶやきの一つ一つに、短時間では語り尽くせない各々の想いがこもっているところを、この図から感じとってくださり、孤立しない子育てに向かっての流れが進んでくれるとうれしいのですが…。
出席者の感想&チャット・チャットへの期待
夫婦ってなんだろうと改めて考えさせられた会でした。
結婚して、夫婦と呼ばれるようになって、当たり前のように子供を産んで、母になってから、こんなに皆孤独に悩んでいるなんて。子供を作る前に「お互いに協力するのでなくては産まない」と話し合ってから産んだという方も中にはいらっしゃいました。が、そういう夫婦はまれでしょう。
そして子育ては妻の役目という考え方が男性から無くならない限り、母は皆孤独に陥るのです。それは夫が帰りが遅くなくても、そばにいても理解してくれようとしないのなら、いないよりもっと孤独感を味わうのです。
「会に出席するより子供たちと公園にでも行って遊んであげたほうが子供も喜ぶ」といった言葉は正論ですが、そこには子供のための母である以外に、その人自身というものがどこにも見えないのです。
「うんうんそうだね」と言ってくれる人がいなくて不安になった私は、よく診療所の待合室に行っては看護婦の大嶋さんの手があいて話を聞いてもらえるのを待っていました。そんな私のような人のために「おしゃべりしにいらっしゃい」と窓口が設けられることになりました。育児のことから夫婦のことまでなんでも話しにきて、少しでも心の荷物を軽くしましょう。
そしたら体も軽くなることでしょう。
子育てよろず相談室
これまで、2回のおしゃべり会で「子育ての不安」について話してきました。その中で「孤立しない=話す相手が要ること」の大事さがクローズアップされています。そこで、診療所でも窓口を設けることにしました。担当は看護婦の大嶋ですが、必要に応じて、他のスタッフも加わることがあります。
チャット・チャット:月曜日、木曜日(午後1:30−3:00)
これは診療所の待合室を昼休みに開放して、話せる場を提供するものです。
誰でも参加できます。費用は要りません。
同じような不安をもった者どうしが話す中で解決策がみつかることも多いですよね。
内容は、子育ての技術的なことから、人間関係のいざこざまで、なんでも。
個別相談:火曜日 (午後1:30−3:00)
個別に、問題や悩みを相談したい方は、予約をとって、相談ができます。
こちらは有料になります。
時間内は待機していますが、よかったら事前にお電話ください。
ある日の「おとうさんとあそぼう会」の企画!! ちゃんばら棒!!
キーワード: プロの技であそぶ、父自身が楽しむ、子育てにつながる
グラスファイバーを芯にしてスポンジで覆い、布の袋に入れた“ちゃんばら棒”。思いきりたたいても怪我をしない。しかも一本300円位で作れる! 運動会の騎馬戦でこれを武器にして風船割りをしたら80人もの参加があったとか。
チャンバラを呼びかけた時の反応もいろいろで考えさせられた。まず、危ないと母たちやお年よりの反対にあった。又別の機会では「男の子の遊び」と母が考えていたところ、子どもに聞いてみると全員やりたいことが分かって、結局最後は母も一緒に参加して企画が成功したこともある。みんな「おもいっきり叩く」という慣れないことに戸惑いながらも、やっているうちに楽しさに目覚めてゆく。でも、棒を家に持ち帰っていいことにしようとすると母の反対にあった。「児童館に預けておけば良い」という。トラブルを起こしたときの責任を母はとりたくないのか? 家庭の中で子育ての責任が全部母親に預けられていて、だから責任を取りたくない.…らしい。そのへんを突き崩そうとおとうさん達はもくろんでいる。
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