最終更新日:2001.8.30

子育てに不安になるとき

大島則子・小林宏美

 3月4日(土)午後「第2回語る会」を診療所で開きました。地域の皆さんと診療所のスタッフが集って共に語り合うために設けた場所です。
 今回は、前もって10人余の診療所に来るお母さん方に、子育てについて特に興味のある事柄を書いていただいたものを元にしてテーマを決めました。題して「子育てに不安になるとき」です。
 19人の参加者を得て3時間余りの話し合いでしたが、それぞれの立場から次々に意見が出て、会を閉じた後もなかなか立ち去れず、あちこちで立ち話が続いているという状況でした。
 いろいろなお話しが出た中から、テーマに沿ってまとめてみました。

孤立しない子育て

 自己紹介をしてみると意外(?)に悩みや不安に陥っていない人がほとんどでした。初めての子の5カ月目の育児に孤軍奮闘しているお母さんの参加はひとりだけで後はもっと年長のこどもたちの親が多く、不安は沢山あったけれど、なんとか解消してきているのです。友人、先輩、同じ悩みを持つ知人などの存在に支えられてきています。
 初めてその手に赤ちゃんを手渡され、自分がいなければ消えてしまいそうな小さな命、でも自分の思うようにはなってくれない、わけの分からない存在…一人で向き合っていては不安の固まりになって当たり前です。そんなとき、みんな周囲にいる人たちによって助けられ切り抜けてきているようです。
 大きくなってくると心配事はもっと複雑になってきて友人関係や地域社会との関わりもでてきます。母と子だけで閉じこもらないで、友人、知人関係の中で育ち合うことが、親子共々に大切なことのようです。きっと誰か話を聞いてくれる人がいるだけで、全然違うのです。

保育施設の様子

 参加者の経験した保育施設を見ると共同保育が7、公立保育園が5、幼稚園が6でした。保育園で親子共に友人ができたという声が多かったところから、各々の施設での経験を話し合いました。幼稚園の情報はたまたま参加者の比率も少なく、限られてしまったかもしれません。

共同保育の人からは

 「異年齢保育とか泥んこ保育、自由遊びがほとんど。少子化時代にあって家庭の延長のように兄妹つきあいをしている。親同しのつながりも強い。運営会議や保育参加など、全てを親と保育者の話し合いで決めるので、それなりの負担もある。経済的にも公的助成が少なく経営は困難。」という状況が話されました。

保育園児の親からは

 「仕事をしながら子育てをしているという同じ立場や価値観があるので、その中での友人知人に信頼をもってなんでも話しができる。縦割り保育なので、思いやりが育つし、上からやさしくしてもらえば、下の子にもやさしくできる。同じ釜の飯を食った仲間意識を持てる。ハンディをもった子供やいろいろな子供と接していける。園長の方針や担当保母の個性などにもよるが、きめ細かに子供の個性にあった対処をしてくれる。保母と親のコミュニケーションに工夫が要ることもある。
 私立の場合、少子化生き残りのためか、カリキュラムが多かったり給食、豊富な遊具などに力がはいっていた。」という状況が話されました。

幼稚園児の親からは

 「園によって勉強熱心とか、アットホームとか、体育に熱心とかの特徴があるので、それを選択することになるが、先生に因る差が大きい。合わないときにどう切り返しができるかにかかっている。バス通園などで中の様子がわかりにくい面もある。親の価値観が色々なので付き合いは難しいこともある。母親同士も相手の顔色を見ながら話しているところもある。」などの意見が出ました。

 各々にいろんな施設があり、保育者も様々で一概にはいえませんが、働いている親の方が、親子共々友人関係が豊かという傾向にあると言えるのでしょうか。

難聴児の母親からは

 「聴力の違い、性格の違いもあり、聾学校ではあまり踏み込んだ話はできなかった。幼稚園に通う中でも園の受け入れる姿勢によっては、園とのコミュ二ケーションにかなりの努力が必要だった。」という意見が出されました。

小学校では

 お母さんの有志を募って、朝授業開始前に「読み聞かせ」をしている園や小学校があちこちにあるようです。子供の様子がよくわかる、お母さんが時々行くようになって、クラスもなごやかないい感じになった、いい意味での緊張感もあるしよかった、親同士の交流会もある、子供たちが顔を覚えてくれる等々、複数の大人が子供と接することによって、地域のつながりにもなる…という活動が紹介されました。

地域で考えられたらいいのに

 親たちが皆自分の子供に様々な体験をさせたがっていて、場面を提供することに懸命にになっていることに違和感を持つという意見がありました。
 子供のためにお金と手間と心をかけて、自然体験、飢餓感、欠乏感でさえも与えようとやっきになっているのはおかしいのではないか。挫折感も与えないと感じないで生きてしまいかねない。
 しかも自分以外の子供のことは考えていないので家族単位のレジャーを優先するために、園や学校の行事の参加率は減少の傾向にある。

ある母親はこう言っています。

 “私は日々のつまらない生活を豊かにすることをむしろ大切にしたい。それが一対一になるから煮詰まってしまうので、周りの親達や友達と一緒にできればいい。ただそれもすごく手間もかかるので、忙しくなるのを選ぶのか、お金をかけて気軽にやっていくのか、多様化している。もっと地域で考えられたらいいのに…。”

 ある小3の男の子が、夕方勇んで帰ってきてこう言いました。「おかあさん、今日の夕ご飯は友達と秘密基地でたべるよ!」
 小さな冒険を目の前にしてわくわくと頬を紅潮させている息子を見て、母はなんとかしてやらせたいと思いました。母自身にとってもとっても魅力的な冒険でした。でも親同士の話し合いで、結局危険だからとあきらめさせてしまいました。とても残念な思い出です。
 地域には子供の自由な遊び場がなくなっています。広い整備されたグランドは申請しないと使えません。こどもだけでかってに大きくなっていく空間がないのです。
 “大人も遊びたいから子供にかこつけて遊びに行っていたけど、小学校になったら子供も疲れていかないと言う。塾や習い事よりも居てくれるうちは一緒にあそびたいなあ。”
子供も大人も皆で遊べる環境を作れるといいのに…。

子育ては母親だけではない

 ある小学校の親仲間で「お父さんと遊ぼう会」を作り地域の中で一緒に子育てをしていこうとしています。もっと多くの人達とかかわりたいが、自分の時間を削ってその企画に参加する人がなかなかいないのが悩みのようです。

日中介護者を付けて暮らしている父親からは、介護者のいなくなる夕方以降に母親と平等に子育てに携われないことに、夫婦共にストレスを感じているということが話されました。

 “子育ては母親だけではなく父親や地域の人のサポートから成りたっている。他人の子を叱る光景が見られなくなったし、自分でも恐いと思う。結局何でも母親だけで責任を持っている。最近、母子の関係の異常さが根っこにある事件がある。母親の功罪の罪の部分が大きくとりあげられているが、必ずしもそうばかりではない。父親の存在や友達がどれだけいたのかということが問われないのはおかしい。”という最近の事件にも触れる意見もありました。

 “父親は疲れていて実際に使えないという状況もある。労働時間の短縮とか、男性にも育児休暇を強制的にとらせるとか、今地域の子育てや父親参加を積極的にやっていかないといけない。地域の子育ても足元からできることをやりたい。
 娘が小さいときに自転車の荷台に乗せてちょっと離れたときに、見知らぬおばさんにすごく叱られたことがある。一瞬とても不快に思ったが、その人が同じことをして赤ちゃんを死なせていたことを聞き、叱ってくれたことにとても感謝した。このおばさんのように、自分の子でなくても叱ったり声かけをするという、地域での育て合いのできる人になりたいと思っている。”という実践の提案もありました。

 あまり不安がないのかな? というところから始まりましたが、地域社会での子育てが大切だという共通した意見に落ち着きました。豊富な物質に囲まれた子育て、女性が育児の負担を負いすぎているという問題等、今回は各々の子育ての現状の報告、情報交換、問題提示がなされました。
 次回は意見交換によってさらに深めつつ、この会が、地域で、一人一人が持つ子育ての不安をどれほど話せる場となれるか、わが子だけでなく、地域の他の子どものことも受けとめられるか、を模索していけたらと考えています。

 “夫はどうも他人の子供に対しては興味がない気がする。”とか、“いかに男性が地域社会に参加していないか、こうしてみるとよく分かる!!”とか、“もっとお父さんの肩をたたいて、育児に参加してもらおうよ。…まずは自分達の一歩から…”という意見が続々。

ホームトップ
梅村こども診療所