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推薦図書 16

米国の葬儀大学のカリキュラムどうりの・・・

『犠牲への手紙』
柳田邦男   文芸春秋

柳田邦男の本は沢山読んでいるが、好きな作家ではなかった。興味深いテーマ、緻密な調査、鋭い洞察力等でつい読み始めるのだが、妙な違和感や不快な気分にさせられ、途中で放り出した本もあった。

取材対象への奇妙に遠い距離感、官僚的な割り切った物言い、技巧的なストーリー展開が、書いてある事全てが著者にとって「他人事」のように感じられてならなかった。著者はそれがドキュメンタリーだと言うのだが・・・。

1995年刊行の「犠牲」を読み、著者へのイメージは180度変わった。この年の11月7日、当時居住していたニューヨークの「KINOKUNIYA」で入手した。

「次男の自死・・・家族の抱えていた地獄を赤裸々に綴り、次男の脳死と臓器提供への葛藤、そして、著者と家族のグリーフワーク(悲嘆の癒しに至る過程)。」一気に読み終わった。全てを吐き出し、落胆の中にも家族への愛情と、生き抜こうという覚悟が伝わって来た。そして、その三年後に「犠牲への手紙」が刊行された。丁度この三年の間、ニューヨークの私たちの事務所は、「欧米の葬儀事情」の取材をしていた。

取材先のカリフォルニア「サイプレス カレッジ(葬儀学科)」のカリキュラムの中に、多くの単位を割いている「カウンセリングとグリーフワーク」という授業がある。「肉親や友人等の死から、残された者はどうしたら立ち直る事が出来るのであろうか・・・」が主題である。当時(今も?)、日本の葬儀業者に最も欠落していたテーマであった。

米国はカウンセリング社会である。葬儀関係者に求められる最低限の資質が、「思いやりとカウンセリングの技術」であると強調されていた。では、グリーフワークの為のカウンセリングとは如何いうものか。

授業では、「対象者の思いを如何に話させるか、直接面談できなければ電話でも、手紙でも、長い手紙はさらに良しとし、書き足りなければ本を一冊書く位の気持ちを持たせ、実行させる。」と教えていた。又、同じ体験(自死、若年者の死、癌、事件・事故等)をした者同志の「グループカウンセリング」で、時間をかけ、現実を認識し、気持ちを吐き出させる事が大事と教えていた。

私たちは「風」を設立するにあたり、グリーフワークに軸足を置いた「散骨」をと考え、カウンセリング担当者を社内に置いた。このホームページの「風の日誌」には散骨された故人の遺志や、遺族、友人の手紙、カウンセラーからの手紙等を掲載している。時系列に沿ってそれらを読むと、時間の経過に従い癒され立ち直っていく様子が読み取れる。

「犠牲」から「犠牲への手紙」へと読み進むと、死は遺された者を落胆させても、過ぎていく時間、その時間の中での葛藤が、その死は無駄ではなく、残された人たちを「鍛え再生させていく」様子が見える。間違いの無いカウンセリングの手法が大切だと痛感した。誤った方法では、取り返しが付かない。この二冊の本は、葬儀学科での授業を見るようだった。

著者は「私には、書くことしか残っていなかった。」と言った、これこそが、彼のグリーフワークなのだろう。「まだ、書けない事」があるそうである。

「風」のカウンセリング・システムもまだ道半ばである。

風  船長

(2004年3月)

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